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2019-03-08 16:36:06
初孫の誕生を控えた熟年夫婦が息子夫婦のために家探し。
しかし、思い通りにいかない理由があった。
“もうひとつの地元”にこだわるお客様と新人営業のお話






熟年のご夫婦が現地販売会にやってきたのは8月のある週末だった。

「川一本向こう側に住んでる息子夫婦にもうすぐ子供が産まれるんだよ。だからさぁ、近くに住んで欲しいんだよ。」

下町口調で明るく話す男性は、平日休みの仕事に就く息子さんに代わってご夫婦で毎週末になると新居探しに励み、当の息子さん夫婦もまた平日休みを利用して新居探しをしているという。

完成物件をご案内している際中、初孫の誕生を心待ちにする熟年ご夫婦はずっと饒舌だった。いくつもの物件を見て回ったというだけあって不動産屋慣れしているのだろう。条件など私が質問したいことのほとんどを自ら口にしてくれた。

「家探しは、あなたにお願いしようと思う。おお、そうしよう!」

男性はそう言うと奥様に私が手渡したアンケート用紙の記入を促し、次回は息子さん夫婦を交えてお話しすることになった。



その翌週末、ご夫婦は休暇を合わせた共働きの息子さん夫婦を伴って4人で来店された。あらためて息子さん夫婦に要望や条件を尋ねると、概ねご両親から聞いていたとおりだったが、“地元”という言葉を何度も繰り返した。

結局ご両親が見学した物件は予算が合わず、別の物件をご案内することになった。それは今からならば間取りなどをほぼフリープランで建築できる物件だった。5区画ある更地の物件を説明し終えモデルルームへ移動すると、息子さん夫婦の購入意欲が高まったのは誰の目にも明らかだった。それまで控えめだった奥様は「いいなぁ!」「ステキ!」「すごい!」を繰り返した。

「一階にリビング!これだけは譲れないからね。」

それが奥様の唯一の希望だった。ご主人は奥様の希望に「わかったよ。わかったよ。」と頷きを繰り返し、そんなふたりの姿をご両親も嬉しそうに眺めていた。

一旦持ち帰らせてくださいという息子さんの言葉で、申し込みには至らなかったものの、ご両親の“近くに住んで欲しい”という願いの実現は“あと一歩”となった。


数日後、ふたたび来店された4名と打ち合わせをしていた時、売主に現況を確認すると5区画のうち候補に挙げていた物件が決まってしまった。その事実を運命と捉え、息子さんが口を開いた。

「やっぱり地元で探したいんですよね。」

息子さんはご両親が住む東京下町で生まれ育ったが、高校へ進学してから多くの時間を過ごし多くの友人知人がいる江戸川を渡った街をあえて地元と言った。そして、そこは高校時代に知り合った奥様にとって紛れもない地元だった。

しかし、自分たちの住む近くに居を構えて欲しかったご両親は簡単には引き下がらない。

「今は若いから地元にこだわるだろうけど、家族ができたら家庭が第一になるんだ。仕事や子育てを考えなさい。こっちの方が通勤も近くて楽だし、何かあったら父さんたちもすぐ動けるだろ。」

下町口調の抜けたお父さんと神妙な面持ちの息子さん。それぞれが抱える強い思いがわかるだけにどうすることもできず、私はただ口を閉ざし見守り続けた。

そんな長く続いた均衡状態を打ち破ったのは、ご両親にとってはお嫁さんである息子さんの奥様だった。

「私は、どこでもいいよ。北の寒いところでも南の島でもついていくよ。」

ご主人が自分に気を使っていると感じた奥様のひと言によって事態は進展した。2番目に候補としていた物件で申込書を作成することとなった。


それから数日後、打ち合わせを終えて談笑していた時だった。

「あと何回会えますかね?」

普段明るいご主人の声色が急に暗くなった。

「内覧会、引き渡し・・・、あと2〜3回くらいですか。寂しくなりますね。」

私の少し感傷的な気持ちを察したのか、いつものような明るく元気なご主人に戻った。

「引き渡しが終わったら、必ず飲みに行きましょう。ご飯も食べに来てください。」

ハウスプラザに転職したばかりの私は、お客様と仕事の枠を超えた関係を望んでいたのかもしれない。それと同時に、どうせ今だけだろうという思いもあった。しかし、そうではなかった。

施工会社とのプランの打ち合わせや施工状況など、週に一度は連絡が入るようになった。そして、決まって最後には“いつ飲みに行きましょうか”だった。奥様はもちろんご主人のご両親も楽しみにしていると聞き、とても嬉しかった。

明るさと元気を取り戻させてくれる家族は、とても大きな存在になった。


もうひとつのお祝い


引き渡しの日が近づいた頃、ご主人から電話が入った。きっと引き渡しに関する問い合わせだろうと思って電話に出たがそうではなかった。

「予定日まであと一週間ほどなんですよ。もうそろそろ産まれそうなんです。家族が増えたらぜひ子供にも会いに来てくださいよ。」

その嬉しそうな声と誘いの言葉を聞いていて私もお祝いをもらったような気持ちになった。

2019-03-01 17:41:23
転勤を機に前期やり残したことに気づいた営業マン。
いつくるか分からない営業のためにあるものを用意していたお客様と新人営業のお話






転職者の私は、新卒入社の営業マンより営業としての成果や実績を強く意識していた。上司や先輩の力添えもあって、新人としてはそれなりの結果を残せた1年目だった。

入社して2年目に初めての転勤が決まり、ひとつだけやり残したことがあった。

初契約から2ヶ月後に届いた問い合わせメールがそのお客様とのはじまり。来店初日に5件の物件を見学し、その日のうちに申し込みをいただくことができた。しかし、お客様の決断を引き出したのは店長の力添えが大きく、新人の私だけではそこにたどり着くことはできなかっただろう。

(このまま何もできなかったら、初契約の時と同じだ・・・。)

そう思った私は、契約・ローン申請・引き渡しなど、わからないことは上司や先輩にアドバイスを仰ぎながらできることを自分ひとりで行い、積極的にお客様の元へ足を運んだ。汗をかき、十分なやりがいと達成感を得られたお客様だった。



「遊びに来てくださいね。」

引き渡しの時に、お客様から声を掛けていただいた。しかし、無事に引き渡しできたことで営業としての役目が終わったと思ってしまった私は、日々の職務に追われ、それを言い訳にして挨拶に行くことを先延ばしにした。

決算期が終わり、私は転勤が決まった。先輩から“期代わり初日に人事が発表される恒例行事”と聞いていたが、いざ自分のこととなると驚きと戸惑いがあった。

「転勤が決まりまして、別の店舗へ移動することになりました。」

電話で転勤の報告を入れると奥様はとても残念そうに声を絞り出した。

「遠くなりますね。大変でしょうけど、頑張ってくださいね。」

その電話を機会に“やり残したことをきちんと片付けよう”と心に誓った。



“転勤直後の今しか時間は作れない!”

そう思い立った私は、先輩でもあり私をハウスプラザへ誘った友人へ“引き渡し後のあいさつ”について電話でアドバイスを求めた。

「オレはお茶菓子と・・・、観葉植物を持って行ってるよ。」

私は電話を切るとすぐに近所の洋菓子屋と花屋に車を走らせ、その足でお客様の家へと向かった。

久しぶりに会うお客様というのは、インターホンのボタンを押すことさえ躊躇させる。インターホンから奥様の「はい」という声が聞こえ、私は背筋をピンと伸ばした。

「突然、すみません。ご挨拶が遅れておりましたハウスプラザの・・・。」

そこまで言いかけた時、奥様は「ちょっと待ってください」とひとこと言うとインターホンを切った。

どんな表情だろうか・・・
なんて挨拶したらいいのか・・・
謝った方がいいだろうか・・・
明るくした方がいいだろうか・・・

そんなことを考えながら奥様を待った。ところが奥様が玄関口に現れるまでには想像するより時間がかかった。自分は招かれざる客では?という疑念が時間の経過とともに強くなっていった。

「すみません。お待たせしました。おひさしぶりですね。」

そう言って小さなお子様を抱きかかえて扉を開けた奥様の表情は、笑顔があふれていた。その笑顔を見た瞬間、不安はすべて吹き飛んだ。

「ご挨拶が遅くなり、本当にすみませんでした。」

引き渡し後の挨拶ができなかったことをずっと心に引っ掛かっていたと素直に詫びて、用意した焼き菓子と幸福の木を手渡した。奥様は挨拶が遅くなったことなど一切気にせず、奥様からは新居での生活や子供の成長などを、私は転勤後などの近況を立ち話で交わした。

その間は10分ほど。あらためてご主人への挨拶に来ることを伝えて帰ろうとした時だった。奥様は玄関の収納ボックスに手を伸ばして何かを取り出した。

「使ってくださいね。」

そう言うと私に小さな長方形の箱と封筒をそっと手渡してくれた。



挨拶を終え、車に戻ると真っ先に封筒を開いた。初めて経験する新居という大きな買い物への不安と親身になる私になんでも相談できたことなど、感謝の言葉が綴られた手紙だった。そして、その手紙の最後に記された日付は、引き渡しを終えた翌週だった。

お客様から心のこもった手紙をいただいたのは初めてで、同時にもっと早く行っておけば・・・という後悔も生まれた。

カバンから取り出した箱の綺麗な包みを開くと、そこには高級ボールペンが収められていた。高級ボールペンを手に取ると、私のイニシャルである“M”と“R”が刻まれていた。

車という密室にひとりでいた私は、誰の目も気にせず、なすがままに感情を昂ぶらせた。


いつかのプレゼント


それは“いつくるか分からない私のために用意していたプレゼント”だった。

お店に戻って最初に報告したのは、先輩である友人だった。

「すごくないっすか!?」

友人は自分のことのように喜んでくれた。それがまた嬉しかった。“営業やってよかった。転職して本当によかった。”と思えた出来事だった。

2019-02-26 16:32:58
不動産営業を警戒する女性。
時間をかけて聞き出した条件は“和室”があること。
女性の警戒心を拭い去り、多忙なご主人からも信頼を得た新人営業のお話






学生時代にアメリカンフットボールをやっていた。ポジションはワイドレシーバー。俊敏性とキャッチング技術を武器に、相手をかわす冷静な分析力も必要だ。同期にはアメフト経験者が多く「営業も戦術で戦うアメフトみたいだよな。」なんて会話も交されるようになっていった。

とはいえ、お客様相手は簡単なものではない。実践での経験と上司や先輩のアドバイスは新人営業の私には欠かせないものだった。

私が現地販売物件の前に立っていると道路の向こう側に1台の車が止まった。車から降りてこちらに向かってくるものだと思っていたが、その様子はない。そこで私の方から車に近寄り声をかけてみた。

「物件をお探しですか?」

その声に反応するように、ウィンドゥが半分だけ降りた。車内は女性ひとりだった。

「物件資料をいただけますか?」

数日前に、資料を渡すと話す暇もなくすぐに帰られてしまったことがあり、じっくり話をしたかった私は、無理に車外へ連れ出そうともせず、半分だけ下げたウィンドゥ越しのままの距離を保ってしばらく会話を続けた。

「ご覧の通りまだ更地ですので、イメージできないと思いますが・・・。」

物件を紹介しながら、たまに女性に質問していく。それを繰り返しながら少しずつ警戒心を解いていくと、過去の経験で不動産営業への不信感を抱いていることを話してくれた。

「あいにく、今すぐにお渡しできる物件資料が手元にありません。ご来店頂けませんか?」

その翌週、その問い掛けに応じ、女性はひとりでお店にやってきた。



新人営業ということが幸いしたのかもしれない。その女性は少しずつ警戒を解くように、エリア・価格・広さ・間取りなどの条件を話してくれた。なかでも女性がもっともこだわった条件があった。

「和室が欲しい!布団じゃないと落ち着いて寝られないんです。」

すぐさま和室のある物件を探しはじめると、たったひとつだけ該当する物件があった。しかもそれは、すぐにでも見学できる完成物件だった。

店長に同行をお願いして女性を物件へと案内した。ひと通り見学を終えると、女性は和室へもう一度向かった。

「やっぱり和室っていいなぁ・・・。」

女性は突然ゴロンと仰向けになり、瞳を閉じて真新しいイグサの香りを楽しんだ。その光景に私は驚いたが、出会った頃の警戒する女性の姿はなくなっていた。



はじめてご主人とお会いしたのは、翌週の物件見学だった。私がご主人を案内している間、女性はずっと和室で過ごしていた。それほどその場所を気に入ったのだろう。

ひと通りさらっと見学したご主人は和室でくつろぐ奥様の元へ向かった。

「いいんじゃないの。」
「ねぇ、ちゃんと見てるの?」

それはまるでウィンドゥショッピングでTシャツやカットソーを選んでいるようなご夫婦の会話だった。しかし、ご主人のさらっとした感想には理由があった。仕事が多忙なご主人はご夫婦揃って家探しをする時間がなかなか作れず、昼休みを利用して物件を探し続け、他の不動産屋の紹介でこの物件を見学していたのだった。

まったく質問のないご主人の物件見学には少し拍子抜けしたが、そのままお店へ戻り契約へ向けた打ち合わせへと進んでいった。



数日後、住宅ローンの件でご主人だけが来店された。1時間ほどで申請に必要な書類をひと通り揃え終えると、時間は午後1時になっていた。

「お昼まだですよね。よかったらランチ行きません?」

ご主人から声が掛かった。多忙なご主人とは物件以外の話をしたことがほとんどなかったので、とてもいい機会になるだろうと思い近所のファミレスへ向かった。

「彼女いるの?」

それが席についた直後のご主人の言葉だった。私から何かを引き出そうとはじまったご主人の会話ではあったが、日替わりランチがテーブルに運ばれてきた頃にはご主人の独演会になっていた。

社会人として、男として、そんな会話を繰り広げる居酒屋で見掛ける“先輩と後輩のような関係”がそこにあり、ときには奥様には話せないような男の悩みをさらけ出すご主人の姿もあった。

“お客様に信頼されるってこういうことか!!”

契約いただけたことも嬉しかったが、それ以上の価値を教えていただいたお客様だった。


奥様とも良好な関係


引渡し後、私は新居を訪ねた。多忙のご主人は留守で、奥様にご挨拶を済ませて帰ろうとした時だった。

「そこの植栽を抜いて欲しいんですけど。アメフトやってたんだから、そのくらいならできちゃうかな?」

根の張っていない半年の植栽なら難しくないだろうが、私はやんわりとはぐらかした。

「私がやるとせっかくの美観を損ねちゃいますから。」

笑いながら答えた私を見て、奥様は笑顔になりそれ以上の要求はなかった。そんなことでも気軽に頼ってくれる奥様に、ちょっと嬉しくなった。

2019-02-14 15:14:53
ファーストコンタクトで感じた波長。
環境の変化に戸惑い、そして適応する子供たち。
笑顔にうっすら涙を浮かべたお客様と営業マンの話






営業としてダメな部分がある。集客力がない。努力に結果が伴わない。だからこそ目の前のお客様に集中し、丁寧な接客を心がける。電話やメールではなく、会って身振り手振りで伝える感情型営業マンだ。

4人のお子様を連れたご夫婦が現地販売会場にやってきたのは、10月中旬だった。

「近所の物件を見学してきたんですけど、違いました。」

にこやかに話すご主人とは波長が合うのか、初めてお会いしたのにしっくりくるものを感じた。ご主人も同じことを感じたのだろうか、すんなりと探している物件の条件や連絡先を教えてくれた。

「一緒にいたベテラン営業さんの押しが強すぎて。でも、あなたとは気が合いそうなんですよ。」

そんな電話が翌日に入った。相性もあるが先輩ではなく自分を選んでくれた連絡に、しばし上機嫌だったことをはっきり覚えている。



しばらくして条件にぴったりの物件を見つけ出した。ただ、仲介としては避けたくなる理由が。売主様も販売している直販物件だった。それでも提案したくなる3つの理由があった。

ひとつは、価格・広さ・間取りなど希望条件にぴったりだったこと。そして、私が生まれ育った地元の物件で街の素晴らしさに自信があったこと。お客様の望む物件であり、お客様の幸せを思えば手数料なしの売主へ流れても仕方がないと素直に思えたことだった。

「午前はハウスプラザさん、午後には他社の物件見学を予定しています。」

そんなことを正直に話してくれるお客様には、満足いく家を見つけて欲しかった。完成された物件には直販を示す看板も掲げられ、お客様がそれを目にしたことをわかっていたが、物件紹介と周辺環境を実際に歩いて案内した。街灯の数、ゆとりのある道幅、わずかな上り坂。地図ではわからない自分が大好きな街の雰囲気を感じて欲しかった。

「ちょっと電話します。」

そう言って電話を取り出したご主人は、午後のアポイントをキャンセルした。

「この物件でお世話になります。ただ、2つお願いしてもいいですか?」

仲介手数料の引き下げと住んでいるマンションの売却だった。私はご主人の申し出をできる限り受け入れることを約束した。丁寧な接客が手数料に値すると評価され、とても嬉しかった。



物件の引渡しが終わり、しばらくしてマンションの買い手も見つかった。「お祝いしなくちゃ!」というお客様からのお誘いで、桜の散り始めた頃に私は新居での食事会に招かれた。

19時から始まった新居での食事会は、お互いに気取ることもなく明るい話が尽きなかった。お子様たちと身重な奥様が眠りにつき男二人だけになった21時過ぎ、少し酔いがまわったご主人は急に面持ちを変え、真剣な顔になって私に話しはじめた。

「新しい家に引っ越しして、うれしかったんだけどさぁ。1か月くらいして“失敗した!”と思ったんだよ。」

“うれしいけど失敗・・・”

私に何か落ち度があったのかと戸惑った。不安を取り除くためにスーパーまでの道のりや小学校までの通学路を一緒に歩き、ひとつひとつ潰してきたつもりだった。

「上のふたりの子供たちがね、学校に行きたくないって言い出してさぁ。」

3学期の始業と同時に新しい学校へ転校したことで、それまでの友だちとの別れと新しい友だちができないことの寂しさ、環境の変化についていけなかったのが要因だった。さらに5人目を身籠っていた奥様にストレスをかけまいとするご主人は、4人の子供たちのストレスの多くをひとりで受け止めた。



「でもさぁ、子供ってすごいよ。自分たちで乗り越えたんだもん。」

新居は15棟ほどの分譲物件で、その敷地内にはコミュニティスペースのような小さな公園があった。分譲物件に引っ越してきた新しい家族の中には、学年は違えども同じように小学生の子供が数人いたという。同じように学校で馴染めないもの同士がその小さな公園に集まり、ひとりふたりと仲間を増やしていった。

「学年も性別も違うのにさぁ、いっしょに通学してんだよ。あんなに泣きごと言ってたのに。楽しそうに学校に行く子供たちを見てたら、こっちが泣けてきたよ。」

子供たちの交流を見た大人たちがその和に加わっていったという。マンション時代よりはるかに近所付き合いがいいと語ったご主人の満足そうな笑顔と潤んだ瞳が全てを物語っていた。


お客様という枠を超えた


新居での食事会から一ヶ月後、5人目のお子様が無事に生まれたという電話をいただいた。私の中ではお客様という枠を超えた存在になっていたこともあり、心の底から祝福した。

ただの不動産営業に新しい家族の報告などするだろうか。はがき一枚、メール一回で済むことなのに声を弾ませながら伝えてくれたことがとても嬉しかった。

それから数年経ったが、今もその関係は続いている。

2019-02-07 14:11:04
実家の目の前。資金も問題なし。
条件はすべてクリアするものの決断に至れない。
「でもなぁ」が口癖のお客様と低迷期の営業のお話






入社1年目は目立った成績を上げられず、2年目は営業としてのスキルが低いまま。変なプライドが邪魔して、上司や諸先輩方にアドバイスを求めることができずに時間だけが過ぎ年末が迫った。

4棟の現地販売を担当する私のもとに、斜向いの家からご夫婦がやってきた。

「ずっと気になっていて、夫婦でよく話していたんです。」

メタルフレームのメガネにきっちりとした短髪が似合うご主人とスクエア型のセルフレームのメガネを掛けた奥様は、知的な雰囲気を醸し出す実直な公務員を描いたようなご夫婦だ。そんなご夫婦が学校の先生であると知ったのは、のちに資金計画の話をしたときだった。

現地販売物件の斜向いの家は奥様のご実家の離れであり、いずれは独立した生活を考えているという。ご実家の近くに新居を構えられれば、小さな娘さんのいる共働き夫婦にとっては理想的だろう。パッとしない2年目を過ごしていた私にとって、物件購入の理想的な条件が揃ったこのお客様が光り輝いて見えた。




毎週末顔を合わせ、心の距離を縮めていく。物件への質問も細かい点に及ぶが、納得するのと同時に口から出てくるのは「でもなぁ」という踏ん切りのつかない言葉。ご夫婦の一方だけではなく、ご夫婦揃って同じ言葉を口にするため私はお客様のペースにずるずると引き込まれてしまった。

資金計画で知った十分な世帯収入と何ひとつ変わらない生活環境は好条件だ。それでも決断できなかったのは、実家暮らしのため家賃を払う経験がなく長期返済する住宅ローンへの不安だった。背中をひと押しすることができなかった私は変なプライドを捨て、上司に助けを求めることを選んだ。

「店長、同行をお願いします。」

助けを求める私の姿に、上司は「よし、行くか!」とひとことだけ言い少し頬を緩め目尻を下げた。その表情に救われ、不安は一掃されたような気持ちになった。同時に、もっと早く助けを求めるべきだったと心の底から後悔もした。

上司の存在は心強かった。しかし、ご夫婦の意思が変わることはなく「でもなぁ」状態は続き、桜の季節が過ぎ、新緑が眩しい季節になっていた。4棟の物件は内装もほとんど完成し、2棟の契約が決まっていた。そのうちの1棟はご夫婦が候補にあげていた物件のひとつで、この頃から「でもなぁ」という言葉は少なくなった。“あと少し・・・”と思った時、私は他店への転勤が決まった。



転勤してからもご夫婦への営業活動は継続していたが、他店の店長である元上司に同行をお願いするのは気が引けた。転勤先から物件までの距離もそれなりにあり、私にはある決意も生まれた。

「ひとりでやってみようと思います。」

元上司へ電話で伝えた。返ってきた言葉は「頑張ってこい。」のひとことだったが、自分の中で何かが大きく変わった気がした。

“もう半年が過ぎたんだ・・・。”

多くの時間が流れ、店舗も変わった。私はある決意を持って、ご夫婦へアポイントを入れた。



ご夫婦との打ち合わせは、ご夫婦が候補に挙げたうちの残された1棟で行った。最初に出会った頃はコートがないと肌寒い季節だったが、ネクタイで首元を締め付ければ薄っすら汗ばむ季節になっていた。

モデルルームとして配置されたダイニングテーブルにご夫婦と向かい合って座り、夜8時に打ち合わせをスタートした。物件の紹介や資金計画など何度も伝えている内容だが、この日のご夫婦はいつもと違っていた。私の話をじっくり聞く。そこまではいつもと同じだったが「でもなぁ」という言葉は聞こえてこない。スタートから1時間半を越えた頃、私はある決意をしてこの場に来たことを思い切って伝えた。

「最後だと思って今日はやってきました。」

その瞬間いつも冷静だったご主人は、少し呆然とした表情へと変化した。ご夫婦の不安を一掃できずに半年もの時間を費やし、決断できない状況を作ってしまった要因は私にあった。営業として居たらなかったことをお詫びして、私はご夫婦に頭を下げた。

「決めます。」

ご主人の言葉だった。私が頭を下げていた数秒の間に、ご夫婦は意思の確認をしていたのかもしれない。あるいは既に意思は固まっていたのかもしれない。頭を上げ視線を向けると、そこには初めて見るご夫婦のほっこりとした笑顔があった。


低迷期の脱出と成長


元上司に報告すると、ちょっと大袈裟だろと思うくらいに喜びを表現してくれたのが何よりも嬉しかった。

引渡し後、ご夫婦の元へ挨拶に尋ねると、斜向いの家から新居へ家財を自ら運んでいた。汗をかきながら荷物を運ぶジャージ姿のご夫婦は、幸せそうな家族そのものだった。

その後は低迷期を脱し、3年目以降一度もノルマを落とさない営業マンになった。そのきっかけを与えてくれたお客様だった。

2019-01-31 16:56:21
マンション購入とともに任された物件売却。
しかし、売却にはいくつもの問題があった。
思うようにいかない物件売却に苛立つお客様と困難に立ち向かった営業のお話






マンション購入の契約を控えた女性から相談があった。

「母と私が所有する賃貸物件があるんですけど、売却をお願いできますか?」

答えはもちろん“YES”だ。購入と売却。一粒で二度美味しいとはこのことだ。まさにラッキー!心の底からそう思った。

売却物件の登記簿には女性とお母さんの名前が記されており、ご本人の意思を確認するために私はすぐにお母さんのもとへ向かった。

「私の目の黒いうちは好き勝手させないよ。」

資産家のお母さんは気丈だ。それでも娘さんから説明を受け、納得したお母さんの表情は瞬く間に軟化した。

「あれ売って一緒に住むマンション買うのか。そうか、そうか・・・。」

ご高齢のお母さんは、賃貸収入を得ている物件の売却に同意した。その言葉を聞いてホッと安心したのは、私よりも娘さんである女性であったことは間違い無いだろう。



ところが、うまい話ほど簡単にはいかない。何となく感じていた受け答えのはっきりしないお母さんへの違和感。それを女性に尋ねると、お母さんには痴呆の症状があり診断されていたことを知らされた。知ってしまった以上、認知症の診断書と行政書士の面談がないと生前贈与ができないとアドバイスした。

「診断されたとはいえ、ちゃんとしっかり受け答えできています。面談なんて、そんなものは必要ありません!」

女性は行政書士との面談を完全に拒否した。法の手続きとして必要なアドバイスが女性の琴線に触れ、それ以降の女性は感情的になることが多くなった。電話やメールで済む内容も感情が昂ぶると応答がなくなってしまうため、私は納得いただくために足繁く女性の元へ通った。残業はもちろん休日を返上して向かい合い、信頼され融和な表情が見られるまでにはかなりの時間を費やした。

女性は感情的な部分ばかりでなく、不動産に関することや生前贈与に関することを知人やネットから情報を集め理解しようと努めていた。ときには間違った認識もあって、琴線に触れないように間違いを気付かせるのはとても骨が折れた。



売却しようとした物件にも問題があった。少し限度を超えた容積の建物と曖昧な越境線だった。建物については解体という手間をかければ済むことだが、越境問題はすべての隣人と調整し覚書の締結が必須だった。

幸い買取業者はすぐに見つかり、条件も破格と言えるものだった。私道を掘削する業者や測量士を手配し、費用を抑えたいというお客様の意向で業者に依頼せず私自身が隣人との覚書締結交渉を行った。東西南北、四軒のお宅に何度も足を運んだ。

「今後のためにも、この際だからやっておきましょう! 」

すべての隣人はそう答え、西・北・東と時計回りに進めた交渉は南側の隣人を残すだけ。ところが、南側隣人とは事前の口約束で承諾を得られていたが、行政書士が立ち会う当日になると180度異なる姿勢を示した。

「あの塀はうちのもの。時効よ。動かすことは考えない。」

法の知識がある誰かに相談したのだろう。20年という時効を主張してきた。こうなると売却は相当面倒なことになる。私は狭小住宅や越境問題に詳しい弁護士への相談を強くアドバイスしたが、お客様である女性と高齢のお母さんには違う考えがあり自ら弁護士を選定した。

「この際だから相続に詳しい弁護士を自分たちで探します!」

弁護士とはいえ、餅屋は餅屋。専門分野が細分化されていることを説明しても聞き入れてもらえない。それどころか、口を挟むなと言わんばかりの剣幕だった。確かにその通りだが、この問題は半年以上経っても並行向線のままとなり売却の話は棚上げになってしまった。



しばらくして、女性から電話が入った。

「母が成年後見人をたて、生前贈与することが決まりました!」

明るく弾んだ女性の声は今までに聞いたことがなかった。“私の目の黒いうちは好き勝手させない”と言っていたお母さんが、将来を考えて今できることをひとつずつ整理していく決心がついたという報告だった。

「本当に厳しくアドバイスしていただき、ありがとうございました。」

その後、女性にはマンションを購入していただいたが、売却契約は破棄となり負担した掘削や測量の経費は回収できなかった。

勉強代としてはちょっと高すぎたな・・・。

でも、それ以上の価値ある経験をしたことは間違いない。


信頼された証


「同じマンションに物件が出たら買いますので教えてください。」

そう伝えられていたが、私より先に情報を得た女性から連絡が入ったのは嬉しかった。営業として信頼された証だ。

私はいつもより少しだけ気持ちが入り、売主から少しだけいい条件を引き出すことができた。女性とお母さんが生活するマンションのひとつ階上には、弟さん家族が住んでいる。

2019-01-24 14:48:30
それぞれが別々の生活を送っている4人家族。
もう一度家族が集まる家を探すお客様とそれが初契約となった新人営業のお話






転職から1ヶ月。他業種にいた私には、不動産の知識が不足していた。それを補うために私は、前職で培われた度胸でお客様へ積極的に声をかけまくった。下手な鉄砲も数撃てば当たるだろうと思ったからだ。

現場はもちろん、どんなところでも躊躇なく声をかけまくる私の姿に、先輩から「声かけの魔術師。いや、ナンパの魔術師だな!」と笑いながら揶揄されたこともあった。

「こんにちは。新築の家をご案内しています。ご覧になりませんか?」

現地販売現場の前を通りかかったご夫婦へいつもと同じように声をかけた。私の両親と同じくらい、おそらく60歳くらいのご夫婦だ。

「今すぐ探しているわけではありませんので。」

ご主人は内部の見学をやんわりと優しく断った。それでも、新築・中古・戸建て・マンションにとらわれず、近い将来的には都内に生活基盤を移したいと考えていることを聞き出せた。そして何よりも連絡先を教えていただけたのは大きな収穫だった。



週に一度くらいご主人に電話を入れ続けた。“近い将来に住宅購入する”という夢は、2ヶ月が経った頃には明確な購入意思へと変わっていった。ちょうどその頃、決算を控えた売主がキャンペーンを実施すると耳にした私は、このお客様の条件にぴったりの物件を探し出すことができた。

「条件にぴったりのオススメ物件が出ました。キャンペーン中なので今しか出会えない物件です。ご見学してみませんか?」

私は“それはぜひ!”と乗り気な返答を勝手にイメージしてご主人に電話したが、返ってきた言葉は期待していたものとは違った。

「そうですねぇ・・・。」

躊躇しているのか、戸惑いなのか。受話器から聞こえるご主人のトーンがすべてを物語っていた。それでも“とりあえず見学してみよう”と気持ちも固まり週末の見学が決まった。ご主人の心の動きは小さかったかもしれないが、私にとっては大きな前進だった。

約束の当日、お店にやってきたご夫婦を私の車に乗せて物件見学へ向かった。その道中、物件を紹介していくとご主人は何かに気づいたようで急に声を上げた。

「あっ!新築物件なんですね!?勘違いしてました!」

私は新築物件であることを伝え忘れていたのかもしれない。そして、2ヶ月で新築への思いは強くなったのだろう。中古と思い込んでいた物件が新築とわかった時、それまでと異なる反応を示したのはご主人だけではなかった。後部座席でリラックスしていた奥様は、背中を少し浮かせて前のめりになり、積極的に会話へ加わってくるようになった。



ご夫婦にはふたりのお子様がいる。社会人の娘さんと高校生の息子さんだ。娘さんは勤め先から近い都内に部屋を借り、息子さんは部活動に励むため学校の寮で生活をしていた。そして、都心で会社員として働く奥様も都内に部屋を借り、ご主人ひとりが都内から遠く離れた一軒家で生活を送っていた。

それぞれがそれぞれの生活を優先するために、異なった場所で別々の生活をする4人家族だった。そのため、家族4人の理想となるマイホームを探すのは簡単なことではなかった。出会った頃に教えてくれた“近い将来の住宅購入”にはそういう理由があり、私がそのことを知ったのは今見学している物件を見つけ出す数日前のことだった。

ご案内したのはデザイナーズ物件で、ひと目見てテンションが上がった奥様の様子は微笑ましかった。

「いやぁ。今の新築って、同じ間取りでもこんなに広いんだな。」
「明日にでも、ここで生活をはじめたくなりますね。」

ご夫婦がここに来るまでに想像していたのは、どんな物件だったのだろうか。どんな物件と比較しているのだろうか。知識や情報が少なかった新人営業の私には想像がつかなかった。

「これなら家族4人で暮らすには十分。そうだろ?」

そう語ったご主人に返した奥様の言葉は鮮烈で、私は衝撃を受けた。

「また同じ屋根の下で4人揃って生活できればいいですね、お父さん。」

そんなことは当たり前のことだと思っていた。でも、この家族のようにそれぞれの事情があって、それぞれ別々の生活を送っている家族がいる。

“もう一度、家族が集まるために家を買うんだ。”

私にとって初契約となったお客様には、そんな思いも込められていた。


ふたりのお子様


ご夫婦の気持ちは契約に向かっていた。それでも、お子様たちの意見も聞いてから決めたいという申し出があり、4人揃って物件見学を再び行った。

「すっごく素敵!この家からなら通えるし、この家がいい!」
「うん・・・。いいんじゃない・・・。広いし・・・。」

新しい家を見学した娘さんは奥様と同じようにテンションが上がり、息子さんはご主人と同じように平静を装った。

“離れて生活しているけど、やっぱり家族だな。”

私もこんな家庭を作りたいと心から思った。

2019-01-17 14:22:27
お客様の人生に波風立てない。
感動も涙も必要ないと粛々と住宅を販売する業界20数年のベテラン営業マンのお話






感情の起伏がなく、穏やかそうな人。私をそう表現する人がいる。私からすれば、平穏に平凡に粛々と効率よく仕事をしているだけだ。波風が立たないように気をつけているだけだ。

20数年不動産業界にいる私にも若い頃から“とんがった部分”があって、今は隠しているだけにすぎない。わがままなお客様、聞く耳を持たないお客様にはそんな部分が過剰に反応してしまうのが嫌だからだ。

はじめこそ“お客様のため、契約のため”と割り切り、お客様にとってのベストを追求したが、経験とともにそれは間違いだということに気づいた。手間がかかるばかりで購入意欲もさほど高くない“擬似客”が多かったからだ。とはいえ、それも経験による感覚があってのことなので、見込み客と擬似客の線引きをうまく説明できないのが残念なところでもある。

20代の頃の成約率は1割程度だった私も、20年を経て4割を超えるようになった。では、いったいどんなことをやってきたのか・・・。その一部を少しだけ紹介しようと思う。



“集客力のあるポスティング”を行い、“確度の高いお客様”を現地に誘導する。そして、来場したお客様から“質の高いアンケート”を回収する。3つのポイントを抑えるだけで成約率はグンと上がった。利用したのはQUOカードだ。

ハウスプラザが提携する企業のサービスを物件購入したお客様に紹介すると粗品がいただけることがある。粗品と言ってもQUOカードはあなどれない。コンビニ・書店・ドラッグストアなどで使用できる“もらって助かる”粗品だ。私は、「来場者にはQOUカードをプレゼント」とポステイングチラシに記載した。まず行ってみよう!と思わせることがポイントだ。

そして、物件購入を真剣に検討している人、とくに家計を管理する奥様には効果がある。粗品に興味を持ちチラシ内容を確認する。それでいい。物件の存在を認識してもらうことで購入物件の候補となる。さらに、足を運んでくれるお客様の頭の中には物件の情報が詰まっているので、見学中も話が非常にスムーズだ。

また、アンケートの記入をお願いすると、いい加減な記入が減る。連絡先はもちろん、動機や条件など必要な情報を一生懸命丁寧に記入してくださる。粗品目的で来場する人も少なからずいるが、アンケート記入をお願いすればプレゼントすべき人かの判断は容易だ。

集客にはいつの時代も苦労する。家を欲しいと意思を示す見込み客に出会うのは簡単ではない。数撃ちゃ当たるという方法も間違いではない。しかし、いかに効率よく見込み客に出会うかを考えた結果、私はこの方法を2年ほど続けて一定の効果を上げている。



次に必要なことは準備だ。私は様々な資料をタブレットに保存し、できる限りのことは現地で済ませるようにしている。完成物件の場合は、その場で商談し、契約してもらったこともある。ただし、20年以上の経験があってできることなので、必ず店長や上司の判断や指示を仰ぐことが必要だ。

物件資料はもちろん、住宅購入の流れに必要なものはすぐお客様に見ていただけるように準備する。資金計画書も参考資料としていくつか作っておけば、お客様もおおよその判断できるだろう。

物件を紹介して購入意欲が高まっているお客様に考える時間を与えたばっかりに、その気が失せることはよくある。だからこそ、事前の準備をしっかり行い、お客様の購入意欲を最大限に高め、納得していただく努力が必要だ。



そして、必要以上に手間をかけないように心がけている。契約までのお客様は不安がたくさんある。資金計画は大丈夫か。もっといい物件があるんじゃないか。住宅ローンは組めるのか。他にもたくさんあり、そこは徹底的にサポートして安心していただく。

契約後もお客様と打合せや必要書類のやりとりなどで顔を合わせることがある。1回で済む訪問を2回3回と時間をかけて丁寧に進める努力も必要だが、それが通用するのは若い営業マンだけだ。20年以上のベテラン営業マンがそんなことをしていては、お客様も不安を抱き、要領の悪さと面倒臭さを感じてしまうだろう。

お客様がベテラン営業マンの私に求めるものは、“気に入った家を不安なく購入すること”だと思っている。


波風立てず・・・


マイホームが欲しいというお客様が物件を購入できるのは当たり前だと私は思っている。

理想の住宅探しを楽しむお母さん。自分の部屋に喜ぶお子様たち。そんな家族を優しく見守りつつ一大決心するお父さん。お客様の人生に登場する人物はそれだけで十分だ。そこにそれ以上の感動も涙も登場人物も無い方がいいと思っている。

“お客様の人生に波風立てず、必要以上に入り込まない。”

そんなことに気遣いながら20数年、この業界で営業を続けてきた。これが私の営業スタイルだ。

2019-01-10 17:37:57
部下のお客様にごあいさつ。
それはかつて自分が担当したお客様。
ずっと悔やみ続け、10数年を経てマイホームを手にしたお客様と営業マンのお話






部下の営業マンが商談ルームでお客様に物件を提案していた。私は上司として部下のお客様と挨拶を交わし、名刺を差し出した。

「ん!?。」

軽く握った両拳の人差し指と親指で私の名刺を軽く挟み込み、ご主人は名刺を凝視した。

「ひょっとして・・・。」

両拳の上の名刺を奥様へと少し傾け、ぼそぼそと小声で会話した。二、三度チラリと私に視線を向け、ご夫婦は何かを確信するようにアイコンタクトをした。

「ご出世されましたね。」

ご主人の言葉に私はテーブルに置かれた部下の資料にサッと目をやりお名前を確認した。お客様の記憶には自信がある。私の記憶の中のお客様情報を3年、5年・・・と記憶を遡った。そんな私の様子を見ていたご主人は言葉を続けた。

「もう12~3年も前のことですよ。」

私が一介の営業マンだった頃だ。私の特徴的なシルエットや話し方は当時とほとんど変わらず、同じ店舗に勤務していた。そして、さほど珍しくはないが、そうそう出会うことのない私の姓が記された名刺を見て、お客様は確信したのだろう。

ややうつむいた奥様は少し恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに口を開いた。

『その時は、結局決まらずに・・・。』

バツが悪そうなご主人が言葉を続けた。

「まぁ、あの時はなぁ・・・。」

ご夫婦のやりとりを眺めているうちに、私の記憶が突然蘇った。

(あっ、あの少年の家族に違いない!)

12~3年前、今まさに話している商談ルームで、キラキラと瞳を輝かせた少年が頭に浮かんだ。



当時の私は、20代前半の営業マン。狙った獲物は絶対に逃がさない獣のようにガツガツした、よく言えば積極的な営業スタイルがまかり通ったバブル崩壊後の90年代後半。私も諸先輩方をまね、若さ全開に営業活動を行っていた。そんな頃、お客様と出会った。

「息子の成長に伴って、部屋を与えたい。」

それが住宅購入の動機だった。しかし、お眼鏡にかなう物件は見つからなかった。ガツガツした営業スタイルがお客様に不安を抱かせたのかもしれない。しかし、お客様が購入に至らなかった原因は他にもあった。

『私はいいと思うんですけど・・・。』

私は何度か物件を提案し、おおむね良好な言葉を口にする奥様の横で、息子さんである少年は瞳をキラキラと輝かせておとなしく座っていた。“ボクの部屋”に夢や希望を抱き、胸を膨らませていたことは私にも伝わってきた。

奥様は息子さんが小学校に入る前に決めたがったが、家長であるご主人は首を右へ左へと傾げるだけで縦に振ることはなかった。正式に家探しを断念するとご主人が言った時の今にも泣き出しそうな少年の表情は今でもはっきり覚えている。



そんな12~3年前の出来事をご主人も思い返していたのだろうか。

「あの時、決めていれば・・・。」

立ったままの姿勢で後悔を口にしたご主人に「お座りになってください」と声を掛けると、その表情は徐々に明るいものへと変わっていった。

ご主人は身を乗り出して食い入るように担当営業の話に耳を傾けている。私が担当した時のように首を傾げる姿はない。私はそれがとても嬉しかった。

「担当営業になんでも申しつけください。彼は優秀な営業マンです。最適な物件探しのお手伝いをお約束いたします。もちろん、私もお力添えさせていただきます。」

そう伝えて、私は席を後にした。



契約の日、再びお客様と顔を合わせた。

『やっと主人が決断してくれました!』

嬉しそうに声を弾ませる奥様の横には、成長した高校生の息子さんがいた。はにかむ息子さんの笑顔に、キラキラと瞳を輝かせていた少年の表情を重ね合わせたとき、お客様の幸せを分けていただいたような気持ちになり私は自然と笑みがこぼれていた。

『素敵な笑顔ですね。』

私の特徴的なシルエットと笑顔のギャップが、お客様の記憶に新しく追加されたような気がした。


営業人生の縮図



それから7~8年後、久しぶりにご主人から電話をいただいた。

「息子が結婚するので、新居探しをお願いできませんでしょうか。」

新しい幸せのお手伝い。私はすぐ担当営業に物件探しを指示した。時を経て物件の提案先は、お父さんから息子さんへと移った。

物件資料を前にした息子さんは、首を右へ左へと傾げるだけで縦に振らない。その姿は、お父さんとよく似ていた。“結婚と新居”という人生での大きな出来事をふたつも同時に抱える息子さんは、昔のお父さんと同じように決断できずにいた。

「大変なのはこの先もいっしょだから、若いうちに家を持ったほうがいい。」

そう言って息子さんの決断を後押ししたのは、後悔を知っているお父さんだった。

地域密着で20年以上同じ仕事をしているからこそ味わえるこの喜び。私の営業人生の縮図と言ってもいいかもしれない。

2018-12-21 18:11:09
何を話したら・・・。
困り果てる新人営業の様子を察したのはお客様だった。
夫婦共働きで新居探しに時間が割けないお客様と
未熟なコミュニケーションに悩む新人営業のお話






「ひとりでやってごらん。」

先輩に言われて現地販売会場にひとりで立つようになり、コミュニケーションが未熟なことに気付かされた。

“うまくいかない・・・”

アメリカンフットボールで鍛えた体力と精神力には自信がある。しかし、アメフトに情熱を注ぎ、限られた人間関係の中にいた私は、話題作りが苦手でお客様との距離を縮められなかった。同期が実績を上げるたびに焦り、自分への苛立ちから少しやさぐれていた。

ある日、現地販売会場の看板を見たお客様から電話が入った。

「物件を見たいんですけど・・・。」

現場に到着するとご夫婦が待っていた。物件の斜向いに奥様のご実家があり、建築途中からずっと気にしていたらしい。

「初めて見学するんです!」

そう言って楽しそうに見学する奥様と物静かそうなご主人にひと通り物件を紹介すると会話は途切れた。困り果てた私は、大きな体を目立たないようにじっと息をひそめた。そんな私を気遣ってくれたのは、営業職の奥様だった。

「カラダ大きいですね。何かスポーツしてたんですか?」

「アメリカンフットボールをやってまして・・・。」

「私の友だちが社会人でアメフトやってるんですよ。」

そこからはじまった奥様との会話と横にいるご主人の時折見せる笑顔は、不安だった私の心を和ませてくれた。アメリカンフットボールという共通点に親近感を覚え、“このお客様のために精一杯がんばろう”とやさぐれた気持ちを引き締め直した。



共働きのご夫婦が揃う時間はなかなか作れず、最初の物件見学から1ヶ月後に二度目の見学を行い、その1ヶ月後に具体的な希望条件が示されて三度目の物件見学を行った。

エリア・広さ・間取りなどお客様の条件にぴったり。売主様も価格交渉に応じてくれるという好物件だ。

「ここでいいと思うんだけど・・・。ねっ!」

ご主人に語りかける奥様は「ねっ!」と発する時、私をチラリと見た。

“今よ!営業ならここで一押ししなさい!”

私に投げかけられた「ねっ!」にそんな意味があると気付いたのは、時間が経ってからだった。

(早く気付ければ・・・。長期戦になるかも・・・。)

そんな思いで日常業務をこなしていった。



数日後、現地販売をする私の携帯にご主人から電話が入った。なぜか良い予感がした。

「両親に見せたいので、来週この前の物件を見学できますか?」

(よし!両親の登場だ!)

久々の好感触に体中が震えた。しかし、すぐにハッ!と我に返った。今まさに先輩がその物件の契約を商談ルームでスタートさせた時間だった。

「すみません。ちょうど今、その物件の契約を交わしていまして・・・。」

私が伝えると、ご主人の声は落胆を隠しきれないほど力を失った。

「代わりに・・・。」

「あっ・・・、ちょっと考える時間を・・・。」

私の言葉を遮るようにご主人は言葉を被せ、そして電話を切った。その瞬間「ここでいいと思うんだけど・・・。ねっ!」と言った奥様の顔が浮かび、奥様に報告するご主人が気の毒になった。あと一押しできなかった自分に責任を感じていたからだ。



その日の夜、会社に戻った私は現地販売の報告やお客様から電話があったことを店長に伝えると事態は急転した。

「あの物件、契約流れたよ。」

店長の言葉で、私はすぐに携帯電話を手にした。

「お昼に電話いただいた件ですが、大丈夫になりました。」

興奮に包まれた私の言葉が足りず、ご主人はすぐに理解できなかった。

「契約がなくなりました。見学できることになりました。」

その言葉で理解したご主人は「ちょっと待ってください。」と告げ、電話の向こうで奥様と会話をはじめた。

「見学、お願いしたいです。来週、両親を連れて行きます。」

少し弾んだご主人の声が、笑顔で会話するご主人と奥様の様子を想像させ、私も笑みがこぼれた。


これからも・・・


ご主人の両親を伴った見学はうまくいった。久しぶりに契約をいただき、引き渡しも無事に終わった。

「お世話になりました。ありがとうございました。」

久しぶりにいただいたお客様からの感謝の言葉は、本当に嬉しかった。そして、その後の言葉にちょっとうるっときた。

「これからも、宜しくお願いします。」

引き渡しで営業としての役目が終わってしまうことに、はじめて少し寂しさを感じたお客様だった。それだけに、“これからも”が心にしみた。

ご夫婦は仕事の都合ですぐには引越しが出来ないという。それでも新居での生活を楽しみにしている様子は定期的に交わす電話から伝わってくる。

「スーパーボウル、観るでしょ?」

アメフトの話題を投げかける奥様の電話は、“営業は自分から相手の心に近づくもの”と私の未熟なコミュニケーションを優しく教えてくれているような気がした。

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