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2018-12-06 14:14:03
入籍前の若いカップルが家探し。
お客様と営業の垣根を越え、近所の友だちという関係を望んだお客様と
“証人”となった新人営業のお話






「結婚してなくても、家って買えるものなんですか?」

お客様からの質問で、若いご夫婦と思い込んでいたおふたりが結婚前のカップルであることを知った。お客様から問い合わせメールが入った翌日に実施した物件見学中のことだった。

答えはもちろん“イエス”だ。しかし、入籍していないおふたりの場合、住宅ローンの金利優遇が受けられない商品があることを合わせてお伝えした。

若いカップルのお客様は新人営業の私より年齢がひとつ上の24歳だった。年齢が近いことを知るとお客様は気を許してくれたようで、専門学生時代からの長い付き合いで、卒業と同時に就職のために九州から東京にふたり揃って出てきたことなどを聞かせてくれた。

私との主な会話のキャッチボール相手は饒舌な彼女さんだった。彼氏さんはその後ろに控え、ときどき彼女さんが捕り損ねたボールを拾い上げると私や彼女さんにやさしく投げ返して会話を成立させていった。

『どれもいい物件でしたよね。悩むなぁ・・・。オススメはどの物件ですか?』

帰り際の彼女さんの質問は、私を信頼してくれたことを意味していた。私は“お客様から問い合わせのあった最初に見学した物件”を迷うことなくオススメした。

その日の夕方、売主様にお客様へオススメした物件の状況を電話で確認すると数件の問い合わせと見学が入っていることを知った。私はその事実をお客様に電話で報告すると、お客様はすぐに行動へと移し、その日のうちに来店されるとそのまま申し込みをいただくことができた。



申し込みから二週間後、おふたりは契約のために来店された。電話で話したり資料をご自宅に届けたりして過ごした二週間は、私とお客様をより親しい関係へ築きあげるには十分な時間だった。

「ご結婚とか考えていないんですか?」

住宅ローンが気がかりだった私は、聞きづらかったデリケートなことをたずねた。ところがおふたりは怪訝そうにするわけでもなく、むしろ急に神妙な面持ちになりピンと背筋を伸ばした彼氏さんは彼女さんに視線を向けた。すると、何かを感じた彼女さんも同じように視線を向け、おふたりはゆっくりと顔と顔を向け合った。

「・・・しますか?結婚・・・。」

急な展開に退室しようとする私を、おふたりはそのまま話を聞いて欲しいと言った。仕切り直した彼氏さんのプロポーズに彼女さんが答えた。

『はい。しましょう、結婚・・・。』

私はプロポーズの証人となってしまった。



数日後、出勤の準備をしていた私の携帯電話が鳴った。

「今、会社ですか?今から行ってもいいですか?」

彼氏さんからの電話に、何事が起こったのか不安と焦りに襲われた私は急いで会社に向かい来店を待った。午前10時頃、来店されたおふたりは神妙な面持ちで一枚の紙を私の前に取り出した。婚姻届だった。

「証人になってください。」

そう言って頭を下げるおふたりに断る理由など何もなかった。

「本当に私でいいんですか?」

一応確認のためにたずねると、おふたりは揃って同じように頭を下げた。証人欄に記入を終えた私にご主人となる彼氏さんが話しかけてきた。

「実は・・・、契約を終えたあと、その足で役所に婚姻届を取りに向かったんですよ。翌々日の“いい夫婦の日”に入籍しようと思ったんですけど、戸籍謄本の取り寄せに時間がかかることを知らなくって。でも“いい節”になるから、今日11月24日もありかと急に思い立って・・・。」

気恥ずかしそうな彼氏さんが話を終えると、代わって奥様となる彼女さんが話しかけてきた。

『もうひとつお願いがあります。ご近所だし、今後のお付き合いもお願いしたいんです。』

そう言って頭を下げようとしたおふたりを私は制止した。

「本当に私でいいんですか?」

数分前と同じ光景を繰り返した私をおふたりは明るく笑ってくれた。


また、ふたり揃って頭を下げられた


それから1ヶ月も経たない年末、奥様が望んだ“今後のお付き合い”が実現した。

「今度の週末、ご飯食べに行きません?」

その日を境にそれまでお客様と営業の関係から、近所の友だちに近いものへと変わった。

お酒も進みほろ酔い状態になった頃、ご主人からいずれ挙げる式でのスピーチを依頼された。

「また、よろしくお願いします。」

そう言って頭を下げようとしたおふたりを私は制止した。

「いやいや!さすがにそれは無理っすよ。それだけはマジ勘弁してくださいって・・・。」

大勢の前でのスピーチほど苦手なものはないからだ。

2018-11-29 14:41:00
42歳の新婚夫婦。首が座ったばかりの赤ちゃん。
夢と希望のマイホーム。そして・・・。
わずかな時間でお客様とともに目まぐるしい経験をした27歳営業のお話。






忘れることができないお客様と出会ったのは、私が27歳の時だった。

ともに42歳のご夫婦は首が座ったばかりという娘さんを抱え、私の担当していた現地販売の物件にやってきた。

「子供には隣や階下に気を使うマンションじゃなくて、戸建てでノビノビ暮らしてほしいんです。」

奥様はそう言いながら、嬉しそうに楽しそうに物件資料に目を通した。物件探しをするご夫婦の多くは、一方が情熱や感情を表現すれば、もう一方は冷静に判断するものだが、ご主人も奥様に負けず劣らずのノリで物件探しを楽しんでいた。その姿はまるでテーマパークではしゃぐ大人カップルのようだった。

ずっと優しく気さくなご夫婦は、ご主人のお母さんを含めた4人が生活する新しい住まいをその物件に決め、ご成約いただいた。その数日後、電話が入った。

「新婚旅行に行ってきます。」

それを聞かされたとき、私は新婚という響きに驚きつつも、故の“ご夫婦の距離感”に納得した。



このお客様はことあるごとに連絡を取り合った。売主様との打ち合わせ後には必ず電話が入り、必然的に直接お会いする機会も他のお客様よりも多くなった。いつも楽しそうにマイホームの話をする奥様は、私を奥様の世界に引きずり込む魅力があり、私自身もこのお客様との時間は楽しかった。

ときにはカタログや写真を見せられ、プロでしょ?と間取りや壁の色などの意見を求められることもあった。

「夢と希望をカタチに変えて、想いをのせるんです。」

奥様のこのフレーズを何度も耳にした。“夢と希望をカタチに変えて”は家という形にすることなのかと見当はつくが、奥様の“想い”が何を意味していて、どんな“想い”なのか私には理解できなかったが、ちゃんと仕事をしようという気概は日増しに強くなった。

建物が完成し、引き渡し前の最終確認の時だった。お客様の夢と希望がカタチとなり、ついに想いが現実のものとなった。それを実感した奥様は、溢れ出るものをハンカチで必死に押さえていた。

「うん。ちゃんとカタチになりました。」

言葉にならない奥様の気持ちをご主人が代弁した。

強い想いを持ったお客様は、ちょっとしたことが大きな問題になりかねない。そう思った私は、“引越しまでの残り二週間、今まで以上に慎重に丁寧に仕事をしなければいけない”とあらためて強く肝に銘じた。

それから2日後、突然訃報が入った。



奥様が病死したとご主人から連絡が入った。マイホームを一番楽しみに待ち望んでいた人が亡くなった。私は持病があることを聞いてもいなかったし、いつも明るく元気な奥様はそれを感じさせることもなかった。

「まさか急にこのタイミングで・・・。」

ご主人はもちろん持病のことを知っていたが、突然の悲しみに言葉が続くはずもなく私との電話をそっと切った。

“家族への想いをマイホームというカタチで遺しておきたかったのだろうか・・・。”

そんなことをふっと思ってみたが、答えなど今はもう見つかるはずもない。いつも楽しそうだった奥様に思いを馳せていると、私の中に葛藤が生じた。

不動産売買の取引を契約通り履行すべきか・・・。それとも申し出によっては人道的に解約も視野に入れなければいけないのか・・・。

私は悲しみにくれるお客様家族のためにその双方の可能性を調べ、今後の進むべき方向性を指し示さなくてはいけなかった。でもそれは奥様の想いを知る私にはとても辛いもので、できれば誰かに代わってほしいとさえ思った。



「やっぱり、どんなことがあってもこの家は買って住みます。」

数日後、少し気を持ち直したご主人が電話で告げてきた。その言葉に私は少し仕事がしやすくなったものの、なんでそんなにスッキリ決断できたのか気にかかった。しかし、その次にご主人から聞かされた話で納得できた。

「妻は、毎日じゃないけど日記をつけていて、病気のこと、娘のこと、私のこと、新居のこと、そして夢の新生活がたくさん綴られていました。それが生前妻の言っていた“夢と希望をカタチに変えて、想いをのせる”だと知りました。だから私のやらなきゃいけないことは、“妻のカタチ”を遺し続けていくことなんです。」

悲しみに暮れるご主人を一歩前に進まなくてはいけないと奮い立たせたものは、奥様の遺した夢と希望が記された日記だった。


見つからないと思っていた答え


ご主人の決意の電話で、私ははじめてお客様の本当の想いを理解することができた。そして、“答えなど今はもう見つかるはずもない”と思っていたものに答えが見つかり、私の心の中で宙を舞っていたものがひとつ落ち着いた。

このお客様と過ごしたわずかな時間は、特別な映画や小説と同じように27歳の私の心に深く刻み込まれた。もうすぐ10年が経とうとしているが、今もこのご夫婦の笑顔はハッキリと浮かんでくる。

2018-11-22 14:04:14
トラブル多発の物件販売。
売主に不信感を抱きながらもマイホームを手に入れるために
忍耐強く耐え続けたお客様とベテラン営業マンのお話。




青天の霹靂だった。

「お客様の個人情報を見せてくれ。じゃないと契約できないなあ。」

契約を明日に控えた夕方、売主の担当営業は電話で私に伝えてきた。あまりにも急すぎると必死に抵抗したものの人気物件を盾にその強気の姿勢を崩さなかった。

今から10年以上前、創成期のフラット35は認知された住宅ローンではなかった。現在はもちろんそのようなことはないが、当時は住宅ローンの審査に通っても“フラット35の客かぁ・・・”と物件の売買契約に難色を示す売主もいた。

契約を間近に控えた物件は、基礎工事を終えたばかりの段階で全20棟のうち8割近くの売却が決まるほど人気の高い分譲物件だった。だからこそ売主も強気だったのかもしれない。私は不服を押し堪え、お客様に売主の意向を伝えるしかできなかった。

「急ですね・・・。」

さすがにお客様も不快感を示した。それでも夢のマイホームを目前にしたご主人は、売主との約束の時間までに開示資料を用意することを受け入れ、翌朝の仕事をキャンセルしてまで都心部へ取りに行ってくださった。その甲斐あって、契約を無事に終えることができた。



引き渡しを間近に控え、売主と私も立ち会ったお客様による物件の最終チェックで問題は起こった。

玄関の収納扉のネジの緩み・内装クロスのズレなど誰の目にも必要と思われるものからはじまった修繕箇所の指摘は次第に微細なものへと移っていき、アルミサッシの微かなスリ傷やパッキンのわずかな浮きなど、売主の担当営業がメモした数は50以上になった。その数に私も驚いたが、お客様が細かい指摘をする原因があったことも私は知っていた。

「引き渡しまでに、完璧に、修繕・・・。ちゃんとしてくれよ・・・。」

お客様の言葉が室内に重く響いた。契約を終えたあと、お客様が建築現場を見学に訪れたところ、吸殻や飲み干された缶コーヒーが無造作に放置されていたことがあり、注意するよう言い渡されていた。さらには愚痴やクレームを2時間にわたって聞かされたこともあった。そんなことが細かい修繕箇所の指摘につながったのだろう。

やっと見つけ出した理想のマイホームがあと少しでお客様のものになる。そんなタイミングでの私の主な仕事は、売主様への不信感が今にも爆発しそうなお客様のガス抜きだった。



お客様に不信感を抱かせてしまった売主の担当営業もそれはそれで大変だったようだ。50箇所以上にも及ぶ修繕は、担当営業も呆れ果てたに違いない。

「できることは自分でもやりますよ。」

引き渡しまでに修繕すると断言した担当営業は、リペア業者さんと一緒に汗を流した。

引き渡しまであとわずかという頃、私は体調の異変を感じていた。今までに感じたことのない腹部の痛みを感じ病院を受診すると急性胃潰瘍と診断された。自分が想像する以上に心的ストレスを溜め込んでしまっていたようで、長く不動産仲介の仕事に携わってきたが、自分がストレスで悩まされるとは思ってもいなかった。それでも営業としてお客様のすべてを受け止めた“報い”は、時を経て実を結ぶことになった。



引越しからしばらくして落ち着いた頃、お客様から電話が入った。

(また何かあったのだろうか・・・。)

その時にはもう胃潰瘍の状態も良くなっていたが、このお客様からの電話は少しだけ敏感になってしまう。

「紹介したい人がいるんだ。一度、話を聞いてやってくれないか?」

当時の住宅ローンは個人事業者への融資は現在よりも軽視されていたが、トラックドライバーでも住宅ローンが組めたことを自慢したお客様は、同じようにマイホームを探していた同業者の知人をご紹介してくださった。

「トラックドライバーに家を買わせてくれる不動産屋なんて、いないからな。」

電話越しではあったがお客様の笑う声が聞けたのは、この時がはじめてだった。


貴重な実績と経験


ご紹介いただいた新しいお客様にもマイホームを購入していただくことができた。さらにもうひとりご紹介いただき、そのお客様にもマイホームをご提供することができた。

苦労から逃げずお客様に誠意を持って応対した結果は、営業としてとても大きな実績と経験をもたらしてくれた。ただ、あの苦痛はもう二度と味わいたくない。

2018-11-15 14:38:10
愛する家を売却する“東京のお母さん”と住環境に悩まされ続け購入を決意するご家族。
中古物件を取り巻くそれぞれの思いをつないだ新人営業のお話




私の初契約となったお客様は、ご子息・ご息女ともに独立した生活を送っている高齢のご夫婦。テニスを趣味にするほどアクティブな奥様だったが、ご主人の体調は芳しくなかった。心配するご子息・ご息女の勧めで都内にマンションを購入していただき、住居の売却も担当することになった。

その物件は80年代にニュータウンとして開発された分譲地にあり、都心から電車で1時間、さらに公共交通機関を乗り継ぐ必要があった。

「やっぱり愛着が強いのよ。」

そう話す奥様は、何度も足を運ぶ私を温かくもてなし、「若い娘は肉よね」と手作りハンバーグをたびたび振舞ってくれた。

もうひとり娘が増えたみたいと話す奥様がとても楽しそうで、実家から離れて生活する新人の私は“東京のお母さん”のように慕った。

大事なお客様からお預かりした物件は、オレンジ屋根瓦に洋風建築のおしゃれな外観。でも、築30年の物件は各所に修繕の必要性を感じさせた。

「大変なことになりそうだな。」

サポートしてくれた上司の言葉は、現実になってしまう。



自分の足だけでなく業者も使い、近隣から広域へ徐々にポスティングのエリアを広げて配布したチラシの総数が5万枚を超えた頃、やっと一本の電話が女性から入った。

「チラシの物件が気になるんですけど、場所はどこですか?」

住所を伝えると“あそこね”といった感じで、私が心配していた立地を気にする素振りはなかった。そして、小さな子供がいる家族の木造集合住宅ならではの苦悩を打ち明けた。

「小さくてもいいから子供がのびのび暮らせる一戸建てに住み替えたくって・・・。」

住宅建築に関わる職人のご主人は相応の収入はあるが、独立直後では住宅ローンの審査が通らなかったり、いい条件のローンが組めなかったりすることをお伝えした。それでも家を見たいと意思は強く、翌日現地で会う約束をして電話を切った。

待ち合わせの時間に、歩くのが楽しくてしょうがないといった様子の小さな息子さんとご夫婦がやってきた。

「思っていたよりオシャレで綺麗。」

外観の印象を語った奥様に対して、壁や基礎を丁寧に見て回るご主人の姿は職人さんそのものだった。ひと通り外装の確認を終えて物件の中に入ると、ガランとした室内には最近まで生活していた雰囲気が漂っていた。奥様はそれを感じ取ったようで遠慮気味に見学し、楽しそうに歩き回る息子さんのパタパタという足音が部屋に響いた。

ご主人はくまなく丁寧に確認していた。掌全体で壁や柱に触れたり押したり、床や階段では体重をかけて踏み込んでみたりと奥様と違った視点で物件をチェックした。

見学を終えたご主人は、フローリング、クロス、水周りなどいくつかの修繕箇所を指摘した。それでも基礎や構造はしっかりしているので、修繕すれば十分住み続けられると評価した。

「でも、相当手間かかりそうだなぁ・・・。」

ご主人が見積もった修繕費用とその中古物件の販売価格を合わせると、同じ地域の新築物件に手が届きそうなものだった。広めの駐車場や環境には評価が高かったが、結論は先送りになった。

その日の出来事を売主様の“東京のお母さん”にすぐ報告をした。強い愛情が込められた販売価格が障壁になっていることをお伝えすると“東京のお母さん”は言葉が続かなくなった。



それから2ヶ月、ご夫婦に戸建てやマンションの中古物件を提案し続け、“東京のお母さん”の物件は問い合わせも入らなかった。停滞した状況から抜け出すため、上司と私は“納得していただこう”と動いた。

「愛着を持って新しい家族が住んでくれるなら・・・。」

いろんな物件を紹介したが“あの物件の方が・・・”と常に気にかけるご夫婦のエピソードや上司の言葉に諭された“東京のお母さん”は、販売価格の見直しに応じてくださった。

すぐさまそのことを奥様に電話で報告した。

「本当ですか!?すぐ主人に伝えます。」

ひそひそ声ではあったが、ひとつひとつがハッキリ聞き取れるほど歯切れのよい言葉に奥様の喜びが伝わってきた。

電話の話し声や子供の足音さえ隣人に気を使っていたご夫婦が、ぎちぎちに縛られた生活からの解放が決まった瞬間だった。


お祝いエピソード


後日伺うと、知人に依頼すると言っていたクロスの張替えやユニットバスの交換などが綺麗に仕上がっていた。ご主人自身が修繕したことを奥様から聞き、その完成度に驚かされた。

「最初に見学したときに息子がはしゃぐ姿を見て、もう我慢させたくないって強く思ったんです。」

そんなエピソードも“東京のお母さん”に報告した。

「いい人に住んでもらえそうね。お祝いしなくちゃ。」

その晩の“東京のお母さん”は、いつもより大きな手作りハンバーグをご馳走してくれた。

2018-11-08 14:45:59
住宅ローンが組めなかった過去がある少し近寄り難いお客様と、
お客様の気遣いで初契約をいただき大きなことを学んだ新人営業のお話




今から5年以上前の夏の終わり、10棟を超える大型分譲住宅の現場に上司と立っていた。配属されて約3ヶ月、営業マンとして半人前の私は物件情報を頭に詰め、上司の指示をよく聞き、できることをひとつずつ丁寧にこなした。

そんな未熟な営業マンが立つ現場に、少し見た目がいかつい40歳前後のご主人とややふくよかな奥様、ふたりのスポーツ少年がやってきた。上司から接客を任された私は声をかけた。男らしさを前面に出したファッションに身を包むご主人は睨みを利かせるような鋭い目が印象的で、人見知りをしない私でも声を掛けにくいタイプだ。

「よろしかったら、ご案内いたします。」

しかし、未熟者のトークは長く続かない。完成間近の4棟を順々に見学しながら希望条件・職種・収入など物件探しで必要な情報を聞き出してしまうと、その後はお客様の後ろをついて回り聞かれたことに答えることしかできなかった。

「さっきの物件より広いんでしょ?」

一目瞭然のことをご主人は私に尋ねてきた。それだけではなく、その後も手渡した資料を読めばすぐにわかるようなことばかり質問してきた。

“やっぱり新人営業マンだから甘く見られているのだろうか・・・。”

そんなことをぼんやりと考えていた。



明朗闊達な奥様は歯切れよく意見を言い、荒々しい言葉でご主人はそれに応じる。

“選択権は奥様にあり、決定権をご主人が握っている”

そんなバランスのとれたご夫婦は仲睦まじく、ずっと笑顔で会話を続けた。ご夫婦は時折ふたりのお子様に声をかけるが、小学校高学年のお兄ちゃんはスポーツマンらしい礼儀正しさを持ち、しっかりと弟の面倒をみていた。

「何のスポーツやってるんですか?」

ひねり出した私の投げかけに、即座に言葉を返してくれたのはご主人だった。

「ラグビー。俺がやってたしね!」

非行や校内暴力が社会問題になっていた30数年前に放送された学園ドラマの影響でラグビーをはじめたと気さくに話してくれた。その後もお客様からの質問は資料を見ればわかるものばかりだったが、その答えなどどうでもよく、堅くなっていた新人営業との距離を縮めるための質問だったことに私が気付いたのは物件の見学を終えた時だった。



「そこらのサラリーマンより稼ぐんだけどな・・・。」

いくつかの物件を見学していたお客様は、トラックドライバーという職業を理由に住宅ローンが組めなかった過去があると話してくれた。そのことを現場にいた上司に報告すると、“ハウスプラザの強みはその問題を解決できることだよ”と言いお客様を店舗へお連れするよう私に指示した。

私は上司の言葉をそのままお客様に伝え、店舗へ移動することになった。その間も“言葉のおつかい”だけの私に顔色ひとつ変えず、私を飛び越えて上司と直接話すこともせず、私の立場を尊重してくれるお客様の優しさを感じた。

しかし、資金計画の話となると新人営業マンに出る幕はない。上司に全てを委ね、私は上司に指示されるまま資料を取りに行ったり、各所へ連絡したりと同席する時間などほとんどなかった。だから、上司とお客様の間でどんな会話が行われ、お客様の購入本気度もわからず、それを考える余裕などないほど精一杯動き回った

「申込書、取ってきて。」

上司のその言葉を聞いた時、ようやくお客様に目を向けることができた。すると、一点の曇りもない表情をしたご主人と奥様がこちらを見返してニコリと一瞬笑った。

申込書を書き終えると翌日には滞りなく契約を結ぶことができ、私にとって初契約のお客様となった。



引き渡しまでの間、何度かお客様のご自宅に訪問する機会があった。

“物件の話をする時は、必ずご夫婦揃うのを待つこと。”

上司に言われたことをきっちり守った。そのため、ご主人が帰宅するまで奥様やお子様たちと趣味・天気・スポーツ・テレビなど雑談で間をつなぐこともあった。

「ちょっと見てあげてよ、このキズ。笑っちゃうでしょ。」

奥様は、“やめろよ”と拒絶するお兄ちゃんを呼び寄せると頭にできた傷を自分のことのように誇らしげに見せてくれた。そんな温かい家族のワンシーンを見るたび、お客様との距離が縮まったことを実感した。


その後もお客様から学んだ


『これ気持ち。持って行って。』

引っ越し祝いで訪問した帰り際、玄関で奥様に声をかけられ振り返ると家族4人がきちんと整列していた。

「ありがとう。また来てな。」

ご主人は500mlビールが24本入ったケースを軽々と持ち上げ、私の胸元へ突き出した。

“好きな銘柄だ!”

雑談で一度話したことを覚えていてくれた。

(でも、これって真逆だよな。営業がしなくちゃいけないことだ・・・。)

それは特別な感動を学び、学生気分が抜け切った瞬間だった。

2018-11-01 15:12:42
はじめて下した大きな決断。
5LDKの大型物件で一人暮らしを決意したお客様と先入観を覆して親身に接した営業のお話




節税や将来への保険を購入目的とした投資型不動産業から転職した私にとって、生活に密着する不動産仲介の営業は学ぶことが多い。現地販売会場の設営は新しく学んだことだし、集客や接客方法もまったく違った。利回りを重視してカタログだけで右から左へ大金を動かす常連客から、条件が厳しく物件探しに苦労するお客様に変わった。住宅ローンを組むために複数の金融機関に足を運び、やっと融資が決まったお客様もいた。とにかく何でも吸収し、やりがいも感じていた。

期末まであと1ヶ月の段階でノルマまで1件の成約を残していた。その当時担当したのは5LDKに2台分の駐車場が付いた大型物件で、周囲の住宅と比べると大きさがより際立ち、販売価格も相応に高額だった。誰もが憧れる物件は集客力があり2度契約寸前まで行ったが、いずれも住宅ローンが組めず断念していただいた。

その物件でノルマを達成したかった私は、2ヶ月も週末をその現地で過ごした。

(今週もダメか・・・。)

そう思ったある日曜の夕方だった。

「あ、あの・・・ちょっと・・・見れる?」

声をかけてきたのは50代の男性だった。私は声をかけられる前からその男性を視界に捕えていたが、近所を散歩するような軽装にお客様として認識していなかった。

「どうぞ、ご自由にご覧ください。」

物件の見学を勧めると、何度も会釈を繰り返し“すみません、すみません”とつぶやきながら物件の中へ消えていった。



わずか5分後、入る時と同じように何度も会釈を繰り返し“すみません、すみません”とつぶやきながら男性は静かに出てきた。そのまま帰っていくだろうと思った瞬間だった。

「買いたいです。」

(えっ!?)

自分の耳を疑った。どうして大きな買い物をわずか5分の見学で決断できるのだろうか。投資型不動産を扱っている頃を含めても、そんなお客様はいなかった。私自身が落ち着き、話を整理する必要があった。

「職場はそこです。」

男性が指差す先は、物件の目と鼻の先にある地方公営企業だった。しかし、住宅ローンを組む上で男性の年齢では審査が通らない可能性もある。そのことを正直に伝えると、またも驚きの言葉が返ってきた。

「現金です。」

通勤に2時間近く要する実家で父と兄の男3人で暮らす男性は、職場の近くに住まいを持ちたいと1年ほど前から現地販売の物件だけを自分の足で探し続けた。情報誌やインターネットで探したことがないという稀有な方だった。

そして、実家から新居に住み替えて3人で生活するものと考えた私の常識を覆した。

“5LDKで一人暮らし”
“5分で即決”
“支払いは現金”

驚きの連続から少し冷静になった私は、さすがにその日に申し込みをいただくことをためらった。一度実家でご家族の話を聞いてから判断しようと思いアンケートの記入をお願いすると、男性は携帯電話を持っていないことも判明した。



約束の日、訪ねた男性のご実家を見て驚いた。全体をきれいに緑の蔦が覆い尽くしたご実家は、ジブリ映画のように幻想の世界を見ているようだった。

ご自宅でお話しさせていただいた男性のお父さんは、かなりの高齢だったが非常にしっかりとしており、息子さんが家を購入することを前向きに応援した。

「内向的な性格からか、この歳まで仕事と家族のことだけで、遊びもまったくしてないんだ。何かしたいと言うのも初めて。自由にしたらいいんだ。」

新居に移ることは考えていないのか尋ねると、自分の家から離れるつもりはなく長男がいるので心配もいらないという。その話を横で聞いていた男性は、やや傾げた首をゆっくりと上げるとハッキリとした口調で言った。

「ちゃんと話を聞いてくれたのは、あなただけでした。」

きっと他社の営業マンが勝手に抱いた先入観が、男性の思いを打ち砕いてきたのだろう。

その後、所有している株を整理して物件の購入資金にすることを確認した私は、男性に申し込み書の記入をお願いした。すらすらと迷いなくペンを走らせる男性の文字は、ものすごく達筆だったことにも驚かされた。


私も先入観にとらわれていた


申し込みから2日後、男性から電話があった。

「やめたいと思うんです。」

理由は、実家との距離だった。ただ、電話口での男性の意思は揺らいでいたため、私は保留にしておいた。すると翌日、また連絡が入った。

「やっぱり、買いたいです。」

その後、男性の決意が覆ることはなかった。私は無事にノルマを達成することができたが、それ以上に転職前の私なら出会うことのなかったお客様から“先入観にとらわれてはいけない”と学んだことの方が価値あるものとなった。

「あなたに出会えて、よかったです。」

引渡し後に男性からいただいた言葉だったが、心の中では私も同じことを思っていた。

2018-10-18 15:10:04
大手ブランドや大型ショッピングモールの魅力より、家族の安心を選んだお客様と用意周到ながらも小さなハプニングに見舞われた営業のお話



ロードバイクに跨りサングラスをかけた男性が手招きをすると、ピンクのクロスバイクの女の子が現れ、電動アシスト自転車の後ろに小さな女の子を乗せた女性が続いた。

「見学できますか?」

サングラスを外すと優しい瞳が印象的な男性は、家族4人が揃うのを待って物件の中へと入っていった。

『あっ!廊下に階段がある。』

奥様が声を上げた。廊下がなくリビングインの階段が設けられた物件が多いエリアで、ゆったりとした広さと間取りの物件が珍しかったのだろう。

リビング・ダイニング・キッチンと浴室が2階に集まった3階建ての物件を隈なく見学する様子に、私はこの家族がいくつか物件を見学した経験があり真剣な家探しだと感じ取った。

小学校に通う上の女の子の学区域内にあり、幼稚園に通う下の女の子も自転車で送り迎えできる立地もよく、アンケート用紙の記入も快く応じてくださった。

「資金計画書を作りますので、お店へ参りませんか?」

購入検討を一歩進めるために提案すると、もうひとつ他に気になる物件があると仰ったお客様は「この子たちにお昼を食べさせたいので。」と自転車で走り去った。



期末を控えて焦りのあった私は、ご家族が物件を後にして1時間も経っていなかったが、お昼を食べている今がチャンスと思いアンケート用紙に記入された連絡先へ電話した。電話に出たのはご主人で、ご来場の御礼とすぐに追いかけるような電話を詫びた。

「あの後、他のお客さん来ました?」

他人の動向を気にするご主人の言葉で、物件の評価が良いものだと確信した。この問い合わせの多い物件で期末内に実績を作りたかった私は、“このお客様で決めるか、他のお客様に提案するか”決断に迫られた。

「他に気になっていると仰っていた物件を見に行ってみませんか?」

もし見学に行き、その物件を気に入ってしまえば最悪の結果だ。それでも先に進めると思いお客様に提案した。

「うん。行きましょう!」

悩んだり今は時間が無いと引き伸ばされたりすることを予想していた私は、ご主人の即答に驚いた。

お客様が気になっていた物件は、大手デベロッパーが開発する新興住宅地にあった。緑地か農地を開発したであろうその住所は、私もお客様もどこに存在するのかさえわからなかった。



店長に現場を離れる許可を得て、お客様と他社の物件を見学することになった私は、お客様を車で迎えに上がるとまず最寄りの営業所へ向かった。売主に電話を入れ大体の場所を把握していた私は、営業所で地図と照らし合わせ、同時にその物件を調べて資料をプリントアウトした。

今ならばスマホですぐに対応できるが当時はガラケーしかない時代だ。我ながらスマートな営業と自画自賛しかけた時だった。立ち寄ったガソリンスタンドでご主人が私の車のタイヤを気にしていた。

「パンクですね。」

すぐさまタイヤを交換してもらったが、お客様の貴重な時間を無駄にしてしまいバツが悪い思いをした。



現地に到着したのは午後3時前だった。土曜の午後にカジュアルファッションのご家族とスーツ姿の私が一緒では不自然だ。そこで“不動産に詳しい友人が運転手としてついてきた”ということにした。大手デベロッパーの営業マンは私を不審がったが、私は商談に同席せず、ふたりのお子様たちとキッズルームで1時間半を過ごした。さすが大手デベロッパーだ。キッズルームに併設されているショールームに置かれた設備はすべて一流だった。

物件だけで言うと勝ち目がないのはわかっていた。だが、商談を終え車に乗り込んだご夫婦の顔色は冴えなかった。

「立地がね・・・。」

都内で生活するお客様にとっては不安要素があった。駅から遠くご主人の通勤に不便なことや、奥様やふたりの女の子にとって街灯が少なめな歩道は大きな問題だ。

その場を離れ、運転をしながらもご夫婦の様子を気にかけていると、最初に見学した物件への前向きな意見が耳に入ってきた。

(人気の物件だから他から問合せがきているかも・・・)

自分の中で不安が浮かんだ。店長へ電話報告するためにコンビニの駐車場で車を止めた。大手デベロッパーの物件が検討対象から外れたことを報告すると、私が現場を離れたあとに物件へ問い合わせが入っているという。

「今その物件を大変気に掛けていただいているお客様と一緒にいます。そのお客様を私は第一に考えたいです。」

そう伝えて電話を切った。

「決めていいよね?」
『あの物件がいいわ。』

後部席のご夫婦の手は、午前中に見学した私の物件資料をしっかり握っていた。
私はご夫婦が決断したことを確信した。

「行き先は、お店でいいですか?」

ご主人は「はい」と応えながら背筋を伸ばした。


安心を選んだお客様


お店に着き、申込書を差し出した時だった。

「公園やショッピングモールが近所にある大手ブランドも魅力ですが、妻や娘が安心して暮らせる家はこちらです。」

ご主人は思いを口にして決意を固めると、ペンを手にした。

もし、“人気物件だから面倒は後回しにしよう”と考えていたら、この結果はなかっただろう。その時にできることを精一杯勤め上げたお客様との1日は、私にとってとても価値ある経験になった。

2018-10-11 14:01:05
同期はみんな初契約を取っていく。
焦りを抱え、現場に立ち続けて見出した光明。
そこで出会った庭付きにこだわるお客様と初契約を勝ち取った新人営業のお話




担当を任された現地販売物件は、郵便局の隣にあった。入社して4ヶ月、同期が次々と実績を上げるなか初契約を取れない私は焦っていた。だからこそ、郵便局の隣というわかりやすい立地に、多くの集客を期待していた。

まずまず集客はあったが購入意欲が高い方には出会えず、内覧見学までたどり着いた来場者は数えるほど。“ここに家が建つんですね”というような立ち話ばかりだった。

「庭、付いてます?」

現場に立っていると郵便局から出てきた女性が声を掛けてきた。庭付きではなく、その代わりにルーフバルコニーがあることを伝えた。

「ダンナが庭がないとダメだって。」

その女性は庭付きに強くこだわった。それゆえに購入意欲が高く“希望物件を探し出せれば、初契約を取れるかもしれない”と昂った。

「今、忙しくて。何時までいます?」

女性は話足りなかったらしい。私は名刺を渡して来店を促した。



“なぜ、庭付きにこだわるのか・・・。”

その日の夕方、ご来店された女性が理由を話してくれた。動物を愛するご夫婦は、犬や猫はもちろん鳥獣や爬虫類なども飼育しているという。

「数?熱帯魚や昆虫を含めたら、わかんない。」

そう言って明るく笑った女性の現在の住まいは、ご主人とふたりでは十分すぎる間取りの4LDK三階建ての賃貸だが、屋外スペースが無いことを悩んでいた。ペットが走り回る広大な庭を求めているのではなく、ペットの日光浴や器具類のメンテナンス作業ができる広さがあれば十分だという。

「最適な庭付きの物件を必ず探します。私にお任せください!」

少し気恥ずかしくなるくらい熱く宣言した。



お客様が希望するエリアに庭付きの新築物件情報は皆無で、エリアを広げても、価格帯を広げても、得意先の売主様に相談しても見つからなかった。苦労して見つけた唯一のものは、中古物件だった。

「中古物件でもとても好条件の庭付き物件だ。これならお客様も喜ぶだろう。」

先輩と一緒に見つけた物件をお客様に紹介すると話を進めることになった。売主様に連絡を入れると好条件には訳があった。任意売却物件だった。

離婚、失業、減収・・・理由は解らないが、住宅ローンの返済が滞り競売にかけられる寸前の物件。競売による売却では現金化するまでに時間がかかるうえ、市場価格よりも低く評価されるケースも多く、家主様は任意売却を望んだ。そんな唯一の物件を提案できたのは最初に会ってから二週間後だった。

4LDK二階建ての物件には南側に庭があり、10年未満の築年数は掘り出し物件だ。

「事故物件じゃなければ、気にしませんよ。」

ご主人の言葉でひとつの障壁を乗り越え、その後にご夫婦と向かった物件の見学で私の初契約が現実のものへと一歩近づいた。



初契約に向け動き出すと、また壁に立ち塞がれた。競売の取り下げや差し押さえの取り消しなど司法が絡む任意売却物件は、幾多の歴戦をくぐり抜けた先輩や上司も取り扱い経験がなかった。

通常の売買契約より煩雑な事前準備を店舗総出でサポートいただき、他店の上席からは“決済や書類の作成は売主側の弁護士や司法書士が立ち会うから任せればいい”とアドバイスいただいた。近くに頼れる人がいるのはとても心強かった。

決済の日、お客様にご来店いただき、売主様の指定場所へ私は車を走らせた。運転中も“任せればいい”というアドバイスを頭の中で何度もリピートして緊張から抜け出そうとした。

弁護士や司法書士といった先生と呼ばれる方々と共にする空間に、前夜から続く緊張と不安はピークに達した。テーブルの向こう側にいる人たちの顔だけが黒く塗りつぶされたように私には映っていた。そんな私の緊張と不安をよそに“任せればいい”というアドバイスどおり、つつがなく決済は終了した。



初契約のうれしさでジワジワと暖かい身体の芯を緊張から解放された安堵と脱力による痺れが包んだ感覚は、味わったことのない心地よさだった。

お店に戻る車中、高揚した私は後部席のお客様に声を掛けた。

「お客様とペットにとって最適な庭付き物件が決まりましたね!」

私は素直な気持ちを伝え、車内を明るい雰囲気にしようとした。ところが、困惑の声が返ってきた。

「ペットっていうか家族なんですよ。」

思わぬところでやってしまった。心地よさと高揚は一瞬にして吹き飛び、穴があったら入りたい気持ちになった。


あらたな焦りと悩み


私の失言をお客様は笑って流してくれた。それ以来、細心の注意と丁寧な接客を一層心掛けるようになった。

お客様や先輩からひとつひとつ学んでいる。それが新人営業の私には、とてつもない数で同時に質を求められていることに気付いた。同期に先を越された焦りや悩みは解消できたが、今は学ぶことの多さに頭がいっぱいで処理が追いつかない状態だ。

2018-10-04 14:51:01
大型現場を担当することになった新人営業は、先輩営業よりチャンスが少ないと不平不満を口にする。
トップセールスの叱責と経験談で自らの行動を変え、お客様に出会えた新人営業のお話




「こんな大型物件はないぞ!」

上司や先輩が意気を上げる多棟現場に、新人営業の私も先輩方に混じって立つことになった。期待の大型現場に店舗の営業マン総出で取り組んだため、必然的にお客様を担当する機会が少なくイライラが募った。

そうなると自分でもよくわかっている悪い癖が顔を出す。ついつい無意識のうちに愚痴をこぼす機会が増え、よくない雰囲気を作り出してしまうことがあった。

喫煙所でトップセールスの先輩とふたりきりになった。

「お前、最近態度よくないぞ。」

掛けられた声に、正直な気持ちは“余計なお世話だ”だった。私が言葉を返せる訳もなく重苦しい沈黙が続くと、先輩はゆっくりと口を開いた。

「俺が新人の頃は、先輩が休む日をチャンスだと思って現場に行っていたよ。そういうことやってる?やってないよね。」

上からガツンとくる感じではなく諭すような叱責は説得力があり、自分でも驚くほどすーっと染み入り、不平不満を口にしていることが恥ずかしくなった。

“確かにそうだよな・・・。トップセールスも経験してきたことだ。明日の休み、誰もいない現場に行ってみよう!”

少し前向きな気持ちになれた瞬間だった。



翌日、午前中から現地販売の現場に入った。ただ火曜日ということもあり、お客様が来場する気配はまったくない。時が経つごとに後ろ向きの気持ちは強くなっていった。

(そんなに甘くないよな・・・。)

心の声が口から漏れそうになる。そんな気分を晴らすため多棟現場に建てられたモデルハウスの内部や周囲を掃除したり、整理整頓したりと体を動かし続けた。

「やってるねぇ。俺は嬉しいよ。」

そう言って突然現れ私に缶コーヒーを手渡したのは、前日に私を鼓舞したトップセールスの先輩だった。自分の言葉が後輩に響いたのかを確認するだけのために、休日にも関わらず私の様子を見に来てくれたのだった。先輩の陣中見舞はとても嬉しく、モチベーションを取り戻した私はものの見え方も少し変わったような気がした。



2台のロードバイクがモデルルームにいた私の視界に入った。この時、考えるよりも先に自然に体が反応した私は、すぐさまモデルルームから飛び出るとロードバイクにまたがったまま何かを見ているふたりに声をかけた。

やや年配のご夫婦は、いないであろうと思っていた営業マンがモデルルームから現れたことに少し驚いたような表情を浮かべた。

「火曜日しか休みが取れなくて、いつも営業さんいらっしゃらないのでビックリしました。」

サイクリングを趣味とするご夫婦は、よく走っているサイクリングコース沿いにあった大きな更地が以前から気になっていたという。詳しい話を聞きたくても仕事の都合で休みが火曜日しか取れず、更地を眺めながらご夫婦の会話を楽しむサイクリング途中の休憩場所になっていたのだった。

初めてモデルルームを見学したご夫婦は、ふたりのお子様も社会人となって独立した生活を送っているため間取りや広さへのこだわりはなく、最も求めやすく注目される目玉物件を購入検討したいと資料を求めてきた。

道路拡張による立ち退きが迫っているというご夫婦は、私の説明に1時間ほど耳を傾けると、大事そうに資料をバッグに忍ばせてロードバイクで走り去っていった。



3日後には、ご夫婦から申し込みいただくことができた。ただ、決済方法が多くのお客様が選ぶ住宅ローンではなく、道路拡張の立ち退きによる補償金を充当させるため契約までに先の見えない時間を要することになった。

他のお客様からも引き合いの多かった目玉物件のため、契約優先にしたいところを売主様は1ヶ月半もこのお客様を待ってくれた。

“結果を出せたのも先輩の言葉があったから。”

そう思った私は先輩に感謝の気持ちを伝えると、自分のことのように喜んでくれた。

「お客様、店長、売主様にも感謝しなくちゃいけないよ。」

売主様が契約を待ち続けてくれたのは店長のサポートがあったことを私はこの時にはじめて知った。

“自分ひとりじゃ何もできないな・・・。”

これを機会に、不平不満を口にして周囲を乱していたダメな自分とサヨナラした。


すべての人々に感謝


「いろいろご迷惑をかけました。ありがとうございます。」

お客様から感謝の言葉をいただいた。でも、感謝しているのは私もいっしょだ。そして、お客様はもちろん関わってくれるすべての人々に感謝できるようになった。

先輩の叱責。
お客様との運命的な出会い。
売主様のご理解。
店長のサポート。

同じように悩む後輩に出会ったら、尊敬するトップセールスの先輩のように自分の経験を伝えられる人になりたい。

2018-09-27 13:44:47
入社から半年の間にいくつもの契約を成立させた売れる新人営業。
周囲の注目を集めたが、その後はまったく売れない営業に。
自らを省みてスランプから抜け出そうと考えた行動が少しずつ身を結びはじめた営業のお話




“不動産営業って、こんなものか!”

入社して半年。異業種から転職してきた私は、すぐにいくつかの契約をまとめ上げ営業として結果を残した。“売れる新人が入ってきた!”と周囲が注目していることも何となく意識していたし、それが自信にもつながっていた。

しかし、それは高を括っていたに過ぎなかったことに気付かされた。順調過ぎる半年を過ぎたあたりから、契約がまったく取れない営業になってしまった。

入社当時を振り返ると、誰が担当しても物件を買っていただけるお客様に運良く出会い、上司や先輩に言われるがまま動いていただけだった。現地販売会場の設営や資料の用意など、すべてが新人社員の私のために整えられた環境で、イチから準備に携わることなく、教えてもらうこともなかった。

“これまでの半年は何だったのか・・・。”

半年間を省みて、経験で得たものや学んだものがまったく身についていなかったことに気付き、私は営業としての自信を喪失した。お客様との接触さえ怖くなり、仕事から逃げたくなることもあった。そんなある日、物件の問い合わせが入り、そのお客様を私が担当することになった。



注文住宅が建てられる未公開物件に興味を示したお客様は、かわいらしい乳幼児を抱きかかえて約束の時間の5分前にご来店された。うまくいかないときはなんでもネガティブに想像してしまうもので、今までぐずったり泣き出してしまったりして打ち合わせや見学を途中で切り上げたお客様を何度も見てきた私は、同じことが繰り返されるのではないかと少し心配になった。

「今日はとってもいい子ですよ。ここまでおとなしいのは珍しいですね。」

奥様から掛けられたそんな会話が私の緊張を和らげ、私とお客様の距離を近付けるきっかけにもなった。私の心配をよそに、ときおりニコニコと笑みを浮かべる赤ちゃんに私は救われたのかもしれない。


最初から購入意欲の高かったお客様ということもあり、現地の案内を終えてお店に戻る途中、後部座席で交わされたご夫婦の会話から久しぶりに契約を取れるという確信を得た。その思い通り、翌日に契約をいただくことができた。

とても嬉しかったが、誰が担当しても物件を買っていただけるお客様であり、このままでは以前の私と何ら変わらない。営業として成長するために、新人営業の自分が今できることを行動で示そうと決意した。



“売りっぱなしではなくお客様へ密に連絡を入れて、引き渡しまではもちろん、その後も積極的にサポートしていこう!”
“お客様と人間関係をしっかり構築できる営業になろう!”

それが私の出した答えだった。仲介営業なので契約後は売主様に任せた方がいいという教えもあったが、お客様に寄り添い細かいケアのできる頼られる営業になることを私は志した。

定期的に連絡を取っていると工務店との打ち合わせが順調に進んでいることやお客様の不安なども伝わってきた。

「地鎮祭の日取りが決まりました。」

そんな連絡が寄せられ、私はそれに出席してみようと思い先輩に相談すると“本気で!?”と首を傾げられた。私は先輩が首を傾げた意味がわからいまま、近所の酒屋でお供え物を購入して地鎮祭に向かった。お客様はもちろん、お世話になっている工務店さんの見覚えある方も何名か出席していたが、軽く挨拶や会話を交わす程度で式を終えるとすぐに次の仕事へと向かった。



先輩が首を傾げた意味がわかったのは、地鎮祭の翌日だった。誰かとの電話を終えた上司が私に声を掛けてきた。

「昨日、地鎮祭に出たんだって?仲介の営業が地鎮祭に参加したのは初めてだって、工務店さんが褒めてたよ。」

嬉しかった。人づてに聞いたことが、お世辞ではなく、きちんと評価されているような気がした。

“自分の行動は間違っていなかったんだ・・・。”

ちょっぴり営業として成長できたような気がして、失っていた自信を少しだけ取り戻した。


もうひとつの自分で考えた行動


お客様のために自分で考えて行動していることが、もうひとつあった。それは、地鎮祭からはじめた物件の写真撮影だ。工事の進捗を追いかけ、引き渡しまで撮り続ける。そして、撮りためた写真でアルバムを作り、お客様にプレゼントしようと思っている。

“どんな気持ちで受け取ってもらえるだろうか・・・。”

そんなことを考えながら、次の契約に向けて日々の営業活動に勤しんでいる。

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