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2017-11-21 14:22:38
【泣ける住宅購入】秘密を抱えた奥様と寡黙なご主人の会話なき新居探し
苦しい家計を乗り越えるために家探しをはじめた奥様。
奥様に全幅の信頼を寄せる寡黙なご主人。
互いを思いやる夫婦の強い絆を垣間見た営業のお話。




「今から見られますか?」

物件に掲げた看板を見たという女性からの電話を受け、私は現場に向かった。
待っていたのは電話をしてきた女性とご主人、小さな男の子。
挨拶を早々に済ませ、3人を物件の中に案内した。

細かく尋ねてきたのは女性だ。新居探しとなれば明るい未来を描き多少の浮つきを感じるものだが、そうではなく慎重さと冷静さを強く感じた。
一方でご主人は表情ひとつ変えず、無言で奥様の後ろをついて回るといった感じだ。

「うちの主人、町工場の職人なんです。」

奥様から教えて貰い、寡黙なご主人に納得した。表情を変えないもうひとつの理由も話してくれた。

「今のアパートでも十分だと言うんです。それに『自分たちに家が買えるわけがない』と諦めもあって。」

はじめてお会いした日。私と会話したのは主に奥様で、ご主人と交わした言葉はなかった。


初めに訪れた物件は、お客様の条件から外れていたため、他の物件を求めて来店されたり物件を巡ったりする日々が続き1ヶ月ほど経過した。

商談の中心は変わらず奥様。ご主人も変わらず寡黙だ。
しかし、1ヶ月も過ぎると少し気がかりなこともあった。見学中は饒舌な奥様が、契約や資金繰りの話になると歯切れが悪くなる様子に違和感を覚えた。

ある日、次回の物件探しで奥様に電話すると、打ち明けたいことがあるという。
それも“ご主人にはまだ秘密に”という。

「子供が産まれるまで正社員として働いていたんですが、出産でやむなく退職しました。そうなると主人の稼ぎだけでは家計が回らなくなり、悩んだ末に・・・」

金融機関から借り入れがあること、ご主人の収入とわずかながらのパートの収入で家計をやり繰りしていることを告白してくれた。
高い賃貸料を払い続けるよりも思い切って家を購入すれば家計がラクになると思い、物件探しをはじめたことを明かしてくれた。

奥様の言っている“家計のため”が本当で、個人的な趣味や嗜好に興じてしまった結果のものではないことは、何度もお会いしていた私には容易に理解できた。
ご主人に心配をかけまいとする奥様。私は力になりたいと心から思った。

「最適なお住まいと住宅ローンを探し出しますから安心してください。」

秘密を打ち明けられ、うれしかった。しかし、ご主人に隠し続けるため言葉の端々に気を使うなど、とても気疲れするものとなった。


条件が明確になり物件は探しやすくなったが、条件が厳しくなった物件を見つけ出すことは簡単ではない。
しばらくして、ようやくお客様の条件にピッタリな物件が現れた。
建築は終わったが、買い手が現れず販売価格を下げる物件があると売主様から連絡が入った。

(この物件なら、資金繰りもなんとかなる!)

そう判断した私は、すぐさま奥様に連絡を入れ、その週末に物件を紹介した。

「うんうん。素敵。いいと思うよね?」

努めて明るくご主人の同意を促すような奥様の言葉。きっと心の中に一筋の光が差すと同時に、大きな壁が現れたに違いない。
ローン審査の際に奥様が隠していた秘密をご主人に明かさなくてはならないからだ。


物件は決まった。ローンを組む金融機関も見つけた。
ご主人は資金繰りの資料から目をそらさずじっと見続けた。
真実の家計を知ったご主人の頭の中にはいろんなことが駆け巡ったに違いない。
隣でじっと見つめている奥様に「これなに?」と問い詰めることもできただろう。

同じような状況で、口論をはじめたご夫婦を何度も見てきた。商談がなくなるだけでなく、夫婦間の問題になったこともある。

それでもご主人は、溜め息ひとつ漏らすことなく微動だにしなかった。

「わかりました。」

いつもの寡黙なご主人だ。奥様に全幅の信頼を寄せているのだろう。私の目に映ったご主人は、家族を優しく強く見守る大きな存在だった。


引き渡しの日。新居の証である鍵を手渡した先は、商談の中心だった奥様ではなく家長のご主人だ。
直立不動で受け取った鍵を握りしめると、ほんの数センチ私との距離を縮めた。

「素敵な家が買えました。」

私の目をしっかり見てそう言うと、恐縮するほど深々としたお辞儀をした。
半歩下がった奥様もご主人の深々としたそれに合わせた。ご主人は、そのままの姿勢で続けた。

「本当にありがとうございました。」

しばらく返す言葉が見つからないほど、ご主人の潔さに圧倒された。

偶然の再会

後日、ファミリーレストランで偶然再会した。
家族3人が楽しんでいる時間を邪魔しては悪いと思った私が軽く会釈するとご主人も呼応するように会釈を返してくれた。奥様がすっと立ち上がると私に近寄ってきた。

「正社員で働けることになりました。」

そのお祝いで久しぶりの外食を楽しんでいるという。言い出したのは、きっと寡黙なご主人だろう。