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2018-02-01 11:33:39
【泣ける住宅購入】20年以上異国で生き抜く女性客と若手営業の駆け引き
家が欲しい。家を売りたい。
そこで巻き起こる双方の駆け引きや交渉。
20年以上異国の日本で生き抜いてきた逞しさと優しさをもった女性客と若手営業のお話。




「あの、わたし、いま、看板見てから電話してます。」

特徴的なイントネーションや言い回しは、日本人女性でないことがすぐにわかった。
すぐに現地へ向かうことを告げ電話を切ると、外国人を接客することに不安や戸惑いが生まれはじめた。

待ち合わせした物件の前には、とても身なりの整った女性がひとりで待っていた。
基礎工事も行われていない更地の物件のため間取りなどを資料で説明したが、言葉を理解するスピードと疑問点への反応が私の中にあった外国人客への不安を一瞬にして消し去った。

日本で20年以上生活しているという中華系の女性は、物件の近くで中華料理店を営み、食材の輸入・整体マッサージなどの経営も行っている。

「マンションの修繕積立、管理、駐車場。毎月お金もったいないよ。」

少し離れたマンションから職場まで車で通うよりも勤め先の近所に居を構えた方が得も便もある。
通常ならこちらが指摘するポイントであるが、現実的な観点から物件を探しはじめたところはさすがに経営者だ。


その女性は、物件をとても気に入ってくれた。そして、若い私のことも気に入ってくれたようだった。
家族のこと。日本人と結婚歴があったこと。現在の恋愛のこと。日本での20年間にわたるプライベートな出来事を赤裸々に語り聞かせてくれた。

なかでも息子さんの話をしている時は特別だった。妹さんの面倒見がいいことや数々のお母さん思いの行動。大学も無事卒業し、現在はお店を手伝ってくれていること。
そんな自慢の息子さんを語るお母さんの表情は、とても優しそうで瞳がキラキラとしていた。

ところが物件の話になると、表情は一変して厳しくなった。

「すごく買いたい。買うから80万値引きね。じゃなきゃ買わない。」

最初の物件価格を提示した際に価格交渉できるか尋ねられることはあるが、具体的な金額をお客様から提示されたのははじめてだった。
売り出したばかりの物件でもあり応じられないことを伝えると、執拗に求めてくることはなかった。


ある日、上司と車で移動中にその女性から電話が入った。
先に提出していた資金計画の金利に誤りがあり、実際のローン金利との差額が生じてしまうことが判明した。

「これ、話と違いますね。高くなるよ。これじゃ買えないよ。」

要は、だから値引きして欲しいという内容だ。総額にして3桁に届かないくらいのもので、月額にすればランチを1〜2回我慢するほどのものだった。
資料の誤りはこちらに非があったので丁重に謝罪をしていると、その様子を黙って伺っていた隣の上司から通話中の私にこっそりとアドバイスが入った。

「値引き交渉の材料にしたいのでしょう。このお客様は、間違いなく買うと思う。金額のことは任せるよ。でも、お客様の要望を全て受け入れるのが営業ではないからね。勉強するいい機会じゃないかな。」

その女性との商談に何度か同席していた信頼する上司が断言したのだから、私はその言葉に背中を押された気になった。

「売り出したばかりの物件であり、新たなお客様はすぐに現れることが予想されるため条件の変更はできません。」

ハッキリ伝えると同時に私の中に“もし断られたら・・・”という不安もあった。少し考えさせて欲しいと言って電話を切った女性が次のアクションを起こしたのは、その数時間後だった。

他のお客様と商談を終えると会社から“お客様が来店されている”という電話が入った。
私の帰社時間が遅くなることを伝えても、“何時でも待ちます”というお客様の名前を尋ねるとやはり“あの女性”だった。

よほどこの物件が欲しかったのだろう。お店でずっとお待たせした女性と商談をはじめると、数時間前の電話内容に触れることもなく“早く話を進めましょう”という意欲が感じられた。


無事に契約も済ませ、同時にマンションの売却も任せられた。
厳しい諸条件が付いていたため希望金額とはいかなかったが、物件の引き渡し1ヶ月前に売却が完了した。

「新しい家。うれしいね。ありがとう。」

引き渡しの時にそう言った女性は、息子さんの話をしていた時と同じように瞳がキラキラとしていたのがとても印象深かった。


今度は私がお客の立場に

引き渡しから1ヶ月後、上司の発案により女性の店で部署の懇親会を行った。
予約しておいた中華料理店は、すぐに満席になる盛況ぶりだった。
料理は美味しく価格も安い。そしてなによりも、明るく元気に働くその女性の姿を見て人気店であることに納得した。

「ありがとうございました。また来てくださいね。」

そう言って見送ってくれた女性の明るい表情が、私には営業スマイルではなく、いつか見た笑顔と重なって写った。

それ以降、仕事やプライベートで何度もお店に通っている。