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2018-04-19 12:28:15
【泣ける住宅購入】遺すために欲しかった新居
現場監督からの電話で物件に向かうと、
そこには家を買えるとは思えないお爺さんが待っていた。
見た目で判断しかけたお爺さんの思いに胸を打たれた営業の話。




「毎日来て、『この家、売ってるのか?売ってくれ。』って声かけてくるお爺さんがいるんだけど、今から、会ってくれないか?」

営業的にラッキーな電話は、物件の現場監督からだった。私は、すぐ現場に向かった。ところが現場に到着しても、それらしき人物は見当たらない。そこで、現場監督に尋ねると、現場監督は視線を道路の向かいに向けた。そこにはポツンと座り込む70過ぎであろうお爺さんと一匹の小型犬が目に入り、私は絶句した。とても家を買いたいと願う人の身なりではなかった。他人を見た目で判断してはいけない。しかし、家が買えるだけの財力や社会的立場があるとは思えなかった。

お爺さんは何やら声を発している。10メートルと離れていない距離でも聞き取れない。

「あんた、不動産屋さんか。あの家を売ってくれ。」

声が聞き取れる距離に近づくと、鼻を突く刺激に顔を背けたくなった。

「ありがとうございます。私が担当させていただきます。詳しいお話をしたいのですが、ご自宅は近所ですか?」

その刺激を表情に出さず問い返したがお爺さんの反応は鈍く、2〜3度繰り返すとようやく私の言葉を理解した。ふらつきながら腰を上げ、自宅の方を指差し“行くか”と言うと、どこか悪そうなぎこちない姿で歩を進めた。



向かった場所は、物件から道路を挟んだ向かい側の4階建ての集合住宅が立ち並ぶ公営団地。その中にお爺さんの自宅があった。玄関のドアを開けると、やや慣れかけた刺激が再び襲ってきた。玄関からうかがい知る自宅の様子は、典型的な高齢男性の独居。薄暗く、独特な空気感、愛犬のためにびっしりと新聞紙が床に敷き詰められていた。

お爺さんは家の中に私を招き入れようとしたが、他のお客様と同じように“最初は玄関先で。”と丁寧にお断りをした。しばらくその場で雑談をすると、奥様は数年前に先立たれ、奥様が可愛がっていた愛犬と年金で生活していることがわかった。

“独り身の年金受給者。公営住宅で十分生活できる。あの家で一人暮らしは大きすぎる。”

疑問に思った私は、どうして家が欲しいのかと尋ねた。

「ロクデナシ息子のため。金じゃなく、家を遺したい。」

金銭的に困ったときだけ顔を出すという息子さんに、“家を買ったから一銭もない。”と言いたいのだろう。そんな息子さんにさえ、最後は何かを遺してやりたいという親心だった。

(この人のために一生懸命、力になろう。)

そう思えた瞬間、実家でいっしょに暮した祖父母を思い出した。祖父と畑で野菜を栽培した記憶と、祖母の手料理で育った私は“爺ちゃん子、婆ちゃん子”だった。

そんな幼少期の自分を思い出させたお爺さんに、“幸せになって欲しい”という気持ちと、同時に“買わせていいのか?”という不安な気持ちもあった。でも、私はお爺さんの望む方を選び、それを叶える唯一の方法を伝えた。

「お気持ち、よくわかりました。自己資金はありますか?」

理解するまでに2〜3度その言葉を繰り返すと、おもむろに立ち上がり預金通帳を持ってくると私に手渡した。

(イチ・ジュウ・ヒャク・セン・マン・・・)

物件を購入するには十分の金額が記されていた。ただし、最後に記帳された日付は2年前で、息子さんとのこともある。

「今も、これなら、家、買えます。今から、銀行、行って、記帳、しましょう。」

一言一句、丁寧に話しかけると、お爺さんの表情がふわりと明るくなった。私はお爺さんを銀行へ行く装いに整えさせて、車で銀行へ向かった。窓口前の席で待っている私のところに、記帳を終えたお爺さんがやってきた。手渡された通帳は、2年前を上回っていた。

「大丈夫だな?買えるよな?」

何度も聞いてくるお爺さんは、きっと何度も嬉しさを噛み締めたかったのだろう。



その後、引き渡しまでの3ヶ月間、お爺さんは私に身内のように接した。家族の昔話や近所付き合いといった世間話に付き合うだけでなく、公営住宅の解約や役所の移動手続きにも私を引っ張り出した。その頃には、私はお爺さんの言葉を聞き取れるようになり、お爺さんは私の言葉を一度で理解出来るようになっていた。

幸せを噛み締めるお爺さんにお力添えできたことが何よりも嬉しかった。



息子さんとのその後の関係


引き渡しの後、あいさつでお爺さんの新居を訪ねた。来訪者に興奮したお爺さんの愛犬は、玄関先で私の匂いを嗅いで判断したのだろう。少し落ち着くと、時折こちらを振り返りながらリビングへ誘った。

以前のお住まいから持ってきたものは、いくつかの家具と仏具だけと言う通り、新居の中はがらんとしていた。

「息子が運んでくれたんだよ。」

嬉しそうに語ったお爺さんの目が少し潤んでいるように見えた。きっといい関係に向かっているのだろう。