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2018-01-18 15:31:22
契約や引き渡しは大きな節目。
ちょっと安心した時に判明した認識の違い。 お客様から届いた手紙。悔いだけが残ってしまった営業のお話。 「これはありえない。こんなこと聞いてないとふたりは言っています。」 お客様であるご主人のお父さんから発せられた言葉には、かなり強い語気が感じられた。 物件の見学から契約に至るまで何度も商談に同席した“息子さん思いの熱心な親御さん”というそれまでの印象を一変させた。 引き渡し直前に行われた内見で発覚した問題は、隣の家との間に設けられた“塀”が原因だった。 「物件見学や資料での説明の時に、隣家との境界線上に“塀”が設けられることを・・・」 そんな言葉を返したかったが、言った言わない問題になれば話はますますややこしくなる。私はグッと言葉を飲み込んだ。 翌週に引き渡されるマイホームの前で行なわれている私とお父さんのやりとりから身を隠すかのように、お客様であるご夫婦はひっそりと佇んでいた。 この物件の塀は、隣家との境界線上にブロックが等しく配置されていた。 少しでも広く土地を活用するために“お互いに土地を折半して塀を設けましょう”という都心のエリアでは一般的な方法だ。 このエリアで不動産営業を10年以上やっている私にとっても当たり前の認識であり、それが常識だと思っていた。 ところが奥様のお父さんの言い分は違った。 お父さんの住まいがある地域では、塀は必要と感じた方が自分の土地に作るもの。 境界線上に塀を作れば所有権問題が発生する。だから境界線上に塀が設けられることが“ありえない”という。そんなお父さんは不動産に関する仕事をしていた。 「境界線上に塀を作る場合、当事者間の同意が必要です。一方の当事者である娘夫婦が塀をいらないと言っている以上、相手方が塀を必要とするならば相手方の土地に設けるべきです。もちろん費用負担は塀を設ける側になります。」 のちに調べたところ、民法上はそのとおりだった。でも腑に落ちない。 (塀があることを同意の上で契約したはず・・・引き渡し直前に言い出すなんて・・・) モヤモヤが渦巻いていた時、ことの成り行きを相談した上司からのアドバイスで少し目が覚めた。 「まずはお隣さんが塀をどうしたいか聞きに行ったら?」 私がやるべきことは、隣人同士が塀のことで揉めないように話をつけておくことだった。 先に入居していたお隣さんへは、隣人の入居が決まった報告としてアポイントをとって伺った。 しかし、自分の担当でもない不動産仲介が手土産持参で挨拶に来れば何かあったと勘ぐるのは当然だ。 「何かありました?」 お隣さんのその言葉をきっかけに、境界線上の塀のことや隣人が塀を望んでいないことなど、洗いざらい伝えた。 お隣さんの中に遺恨を作らないことが何よりも大事な使命で、“何を今さら”と怒鳴られることも覚悟していた。 「トラブルになるのは、ねぇ・・・。うちはいいですよ。」 工事費用は仲介であるハウスプラザが負担することを条件に、塀をお隣さんの土地に設けることを了承していただけた。 すべてを聞き入れてくれたお隣さんが、救いの神のように見えた。 塀をお隣の土地に移動する了承が得られたことをお客様に報告すると返ってきたのはたったひとことだった。 「はい。わかりました。」 塀の問題でお客様との間で心の壁ができた瞬間だった。 引き渡し後、事務処理でそのお客様とやりとりすることはあったが、わだかまりは解消されなかった。 それは相手にも伝わるもので、よくないミラー現象だ。お互いにそっけない態度となり、事務処理が片付くと次第に疎遠になった。 引き渡しから1年ほど経過したある日、お客様に加入していただいた知り合いの火災保険の営業担当から電話が入った。 「引っ越したよ。」 お客様から保険解約の申し出があり、不審に思ったその営業担当が詳細な理由を聞き出してくれていた。 入居してすぐにご主人は地方への転勤が決まった。 その家族には単身赴任の選択肢はなく、友人・知人・親戚に借り手がいないか探してみたものの最終的にその物件は他社で売却されてしまっていた。 転勤・賃貸・売却、不覚にもすべて知らなかった。 そしてその数日後、ご夫婦から手紙が届いた。 夫婦として新居への思いはいろいろあったが、感謝していること。 塀の件は、そのままでも良かったが言い出しにくい雰囲気になってしまったこと。 お父さんとのことがあり売却をお願いしにくかったこと。 そして謝罪の言葉が綴られていた。 私には後悔だけが残ってしまった。 慢心がもたらしたこと “何かあればお客様から連絡があるだろう” そんな思い込みがあった。不動産仲介に携わり続け、契約や引き渡しを節目にしてしまった慢心が引き起こしたことだった。 今ではそれが教訓となり、自分なりに気付き考えうるお客様のデメリットをきちんとお伝えするようにしている。
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