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2018-10-11 14:01:05
同期はみんな初契約を取っていく。
焦りを抱え、現場に立ち続けて見出した光明。
そこで出会った庭付きにこだわるお客様と初契約を勝ち取った新人営業のお話




担当を任された現地販売物件は、郵便局の隣にあった。入社して4ヶ月、同期が次々と実績を上げるなか初契約を取れない私は焦っていた。だからこそ、郵便局の隣というわかりやすい立地に、多くの集客を期待していた。

まずまず集客はあったが購入意欲が高い方には出会えず、内覧見学までたどり着いた来場者は数えるほど。“ここに家が建つんですね”というような立ち話ばかりだった。

「庭、付いてます?」

現場に立っていると郵便局から出てきた女性が声を掛けてきた。庭付きではなく、その代わりにルーフバルコニーがあることを伝えた。

「ダンナが庭がないとダメだって。」

その女性は庭付きに強くこだわった。それゆえに購入意欲が高く“希望物件を探し出せれば、初契約を取れるかもしれない”と昂った。

「今、忙しくて。何時までいます?」

女性は話足りなかったらしい。私は名刺を渡して来店を促した。



“なぜ、庭付きにこだわるのか・・・。”

その日の夕方、ご来店された女性が理由を話してくれた。動物を愛するご夫婦は、犬や猫はもちろん鳥獣や爬虫類なども飼育しているという。

「数?熱帯魚や昆虫を含めたら、わかんない。」

そう言って明るく笑った女性の現在の住まいは、ご主人とふたりでは十分すぎる間取りの4LDK三階建ての賃貸だが、屋外スペースが無いことを悩んでいた。ペットが走り回る広大な庭を求めているのではなく、ペットの日光浴や器具類のメンテナンス作業ができる広さがあれば十分だという。

「最適な庭付きの物件を必ず探します。私にお任せください!」

少し気恥ずかしくなるくらい熱く宣言した。



お客様が希望するエリアに庭付きの新築物件情報は皆無で、エリアを広げても、価格帯を広げても、得意先の売主様に相談しても見つからなかった。苦労して見つけた唯一のものは、中古物件だった。

「中古物件でもとても好条件の庭付き物件だ。これならお客様も喜ぶだろう。」

先輩と一緒に見つけた物件をお客様に紹介すると話を進めることになった。売主様に連絡を入れると好条件には訳があった。任意売却物件だった。

離婚、失業、減収・・・理由は解らないが、住宅ローンの返済が滞り競売にかけられる寸前の物件。競売による売却では現金化するまでに時間がかかるうえ、市場価格よりも低く評価されるケースも多く、家主様は任意売却を望んだ。そんな唯一の物件を提案できたのは最初に会ってから二週間後だった。

4LDK二階建ての物件には南側に庭があり、10年未満の築年数は掘り出し物件だ。

「事故物件じゃなければ、気にしませんよ。」

ご主人の言葉でひとつの障壁を乗り越え、その後にご夫婦と向かった物件の見学で私の初契約が現実のものへと一歩近づいた。



初契約に向け動き出すと、また壁に立ち塞がれた。競売の取り下げや差し押さえの取り消しなど司法が絡む任意売却物件は、幾多の歴戦をくぐり抜けた先輩や上司も取り扱い経験がなかった。

通常の売買契約より煩雑な事前準備を店舗総出でサポートいただき、他店の上席からは“決済や書類の作成は売主側の弁護士や司法書士が立ち会うから任せればいい”とアドバイスいただいた。近くに頼れる人がいるのはとても心強かった。

決済の日、お客様にご来店いただき、売主様の指定場所へ私は車を走らせた。運転中も“任せればいい”というアドバイスを頭の中で何度もリピートして緊張から抜け出そうとした。

弁護士や司法書士といった先生と呼ばれる方々と共にする空間に、前夜から続く緊張と不安はピークに達した。テーブルの向こう側にいる人たちの顔だけが黒く塗りつぶされたように私には映っていた。そんな私の緊張と不安をよそに“任せればいい”というアドバイスどおり、つつがなく決済は終了した。



初契約のうれしさでジワジワと暖かい身体の芯を緊張から解放された安堵と脱力による痺れが包んだ感覚は、味わったことのない心地よさだった。

お店に戻る車中、高揚した私は後部席のお客様に声を掛けた。

「お客様とペットにとって最適な庭付き物件が決まりましたね!」

私は素直な気持ちを伝え、車内を明るい雰囲気にしようとした。ところが、困惑の声が返ってきた。

「ペットっていうか家族なんですよ。」

思わぬところでやってしまった。心地よさと高揚は一瞬にして吹き飛び、穴があったら入りたい気持ちになった。


あらたな焦りと悩み


私の失言をお客様は笑って流してくれた。それ以来、細心の注意と丁寧な接客を一層心掛けるようになった。

お客様や先輩からひとつひとつ学んでいる。それが新人営業の私には、とてつもない数で同時に質を求められていることに気付いた。同期に先を越された焦りや悩みは解消できたが、今は学ぶことの多さに頭がいっぱいで処理が追いつかない状態だ。

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