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2018-11-01 15:12:42
はじめて下した大きな決断。
5LDKの大型物件で一人暮らしを決意したお客様と先入観を覆して親身に接した営業のお話




節税や将来への保険を購入目的とした投資型不動産業から転職した私にとって、生活に密着する不動産仲介の営業は学ぶことが多い。現地販売会場の設営は新しく学んだことだし、集客や接客方法もまったく違った。利回りを重視してカタログだけで右から左へ大金を動かす常連客から、条件が厳しく物件探しに苦労するお客様に変わった。住宅ローンを組むために複数の金融機関に足を運び、やっと融資が決まったお客様もいた。とにかく何でも吸収し、やりがいも感じていた。

期末まであと1ヶ月の段階でノルマまで1件の成約を残していた。その当時担当したのは5LDKに2台分の駐車場が付いた大型物件で、周囲の住宅と比べると大きさがより際立ち、販売価格も相応に高額だった。誰もが憧れる物件は集客力があり2度契約寸前まで行ったが、いずれも住宅ローンが組めず断念していただいた。

その物件でノルマを達成したかった私は、2ヶ月も週末をその現地で過ごした。

(今週もダメか・・・。)

そう思ったある日曜の夕方だった。

「あ、あの・・・ちょっと・・・見れる?」

声をかけてきたのは50代の男性だった。私は声をかけられる前からその男性を視界に捕えていたが、近所を散歩するような軽装にお客様として認識していなかった。

「どうぞ、ご自由にご覧ください。」

物件の見学を勧めると、何度も会釈を繰り返し“すみません、すみません”とつぶやきながら物件の中へ消えていった。



わずか5分後、入る時と同じように何度も会釈を繰り返し“すみません、すみません”とつぶやきながら男性は静かに出てきた。そのまま帰っていくだろうと思った瞬間だった。

「買いたいです。」

(えっ!?)

自分の耳を疑った。どうして大きな買い物をわずか5分の見学で決断できるのだろうか。投資型不動産を扱っている頃を含めても、そんなお客様はいなかった。私自身が落ち着き、話を整理する必要があった。

「職場はそこです。」

男性が指差す先は、物件の目と鼻の先にある地方公営企業だった。しかし、住宅ローンを組む上で男性の年齢では審査が通らない可能性もある。そのことを正直に伝えると、またも驚きの言葉が返ってきた。

「現金です。」

通勤に2時間近く要する実家で父と兄の男3人で暮らす男性は、職場の近くに住まいを持ちたいと1年ほど前から現地販売の物件だけを自分の足で探し続けた。情報誌やインターネットで探したことがないという稀有な方だった。

そして、実家から新居に住み替えて3人で生活するものと考えた私の常識を覆した。

“5LDKで一人暮らし”
“5分で即決”
“支払いは現金”

驚きの連続から少し冷静になった私は、さすがにその日に申し込みをいただくことをためらった。一度実家でご家族の話を聞いてから判断しようと思いアンケートの記入をお願いすると、男性は携帯電話を持っていないことも判明した。



約束の日、訪ねた男性のご実家を見て驚いた。全体をきれいに緑の蔦が覆い尽くしたご実家は、ジブリ映画のように幻想の世界を見ているようだった。

ご自宅でお話しさせていただいた男性のお父さんは、かなりの高齢だったが非常にしっかりとしており、息子さんが家を購入することを前向きに応援した。

「内向的な性格からか、この歳まで仕事と家族のことだけで、遊びもまったくしてないんだ。何かしたいと言うのも初めて。自由にしたらいいんだ。」

新居に移ることは考えていないのか尋ねると、自分の家から離れるつもりはなく長男がいるので心配もいらないという。その話を横で聞いていた男性は、やや傾げた首をゆっくりと上げるとハッキリとした口調で言った。

「ちゃんと話を聞いてくれたのは、あなただけでした。」

きっと他社の営業マンが勝手に抱いた先入観が、男性の思いを打ち砕いてきたのだろう。

その後、所有している株を整理して物件の購入資金にすることを確認した私は、男性に申し込み書の記入をお願いした。すらすらと迷いなくペンを走らせる男性の文字は、ものすごく達筆だったことにも驚かされた。


私も先入観にとらわれていた


申し込みから2日後、男性から電話があった。

「やめたいと思うんです。」

理由は、実家との距離だった。ただ、電話口での男性の意思は揺らいでいたため、私は保留にしておいた。すると翌日、また連絡が入った。

「やっぱり、買いたいです。」

その後、男性の決意が覆ることはなかった。私は無事にノルマを達成することができたが、それ以上に転職前の私なら出会うことのなかったお客様から“先入観にとらわれてはいけない”と学んだことの方が価値あるものとなった。

「あなたに出会えて、よかったです。」

引渡し後に男性からいただいた言葉だったが、心の中では私も同じことを思っていた。

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