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2018-05-10 16:16:30
誰もが夢を描くリタイア後の人生。
ご夫婦の夢は叶わなかったが、その夢に登場する予定だった人たちと新たな夢を築く。 義理や縁故をとても大切にするご婦人と営業の話 もう20年来のお付き合いになるご婦人がいる。お客様としてマンションをご購入いただいたことが出会いのきっかけだったが、自宅に私を招き入れてくれたり、何度も食事をともにしたりと、まるで友人や知人のような関係で私に接してくださった。波長が合うとでも言うのだろうか。はじめは、お客様と営業の立場を越えた近すぎる関係に戸惑いも覚えたが、年齢や社会的立場を越えた居心地の良さとそれを作り出す人としての魅力に惹かれていった。 数年前には、南房総の土地を探すお手伝いをしたことがあった。そこに平屋を建て、畑仕事をしながら休暇を過ごしたいというご夫婦の夢があり、ご主人の知人が経営する工務店に設計から建築までを発注することも聞いていた。 「あの時は、ご足労かけたのに。ごめんなさいね。」 ご婦人は今でも会うたびに申し訳なさそうに当時の話を切り出すが、最初にその言葉を聞いたのは、先立たれたご主人の法事が落ち着いた今から2年ほど前だった。それでもご婦人は変わらず気丈で、常に明るく私に接してくださった。 「少し都心寄りの場所で、家を探そうと思っているの。また、お願いできます?」 ご婦人の希望は、“今よりも少しでも職場に近くなること”だった。 ご婦人はすでに年金を受給できる年齢だったが、元気なうちは働き続けたいと、マンションから同じ会社へ通っていた。以前はご主人の運転で同じ職場に通勤していたが、ひとり満員電車に揺られることが辛くなってきたという。 そんなご婦人のためにいくつか物件を探して資料をお届けに行った時、ご自宅の様子が変わっていることに気がついた。聞けば、少しでも次に住む人が暮らしやすいように、20年住み慣れたマンションのご自宅を改装しているという。その次に訪れた時には、防犯対策まで施されていた。次に住む人のことを考えていたのはもちろんだろうが、きっとご婦人なりの住み慣れたご自宅への愛着と感謝をカタチで残したかったのではないかと思った。 ある日、ご婦人自ら見つけ出したという物件をいっしょに見学へ行くことになった。そこは職場から徒歩圏内の“谷根千”と呼ばれるエリアにあり、木造の家屋が残されていた。趣きのある佇まいではあったが、建て付けやすきま風、防犯面を考慮すれば、ご婦人がその家屋で生活するにはいささか疑問がつくものであった。 「この土地に、新しい家を建てようと思っているの。ほら、南房総で物件を探していた時にお話した工務店さん。」 自らの足で探し出した物件を、私の仲介で購入し、ご主人がお世話になった知人に建築をお願いするご婦人の義理堅さ。その思いに私は胸を強く打たれた。 新居の建築も終わり、ご婦人が引っ越してからすぐに、一任されていた自宅だったマンションの売却先も決まった。報告するために電話を入れると、遊びにいらっしゃいと新居に招かれた。 古い木造家屋が建っていた場所には、ルーフバルコニー付きの3階建て新居が建てられていた。 「ひとりでお住まいになるには、3階建は立派すぎてご不便ではありませんか?」 玄関先で第一印象を伝えると、ご婦人は口元を押さえながら笑みを浮かべた。まあまあとご婦人に促され入室すると、段差の低い玄関とホームエレベーターが目に入った。 それだけでなく、水周りやリビングなど随所にわたり将来の生活を補う施しがされているという。 家具や高級カーテンといった調度品からも品の良さを感じる室内には、新居ならではのヒバやヒノキの香りが漂っていた。 「遠慮せずに、タバコ吸いなさい。あなた、吸っていたでしょ?」 さすがにお客様の新居で喫煙することはしなかったが、ご婦人の気遣いはとても嬉しかった。 「今の趣味は、これなの。」 そう言って見せてくれたのは、20畳ほどあるルーフバルコニーの菜園だった。ひとつひとつ手をかけ、愛情をかけて育てていることを楽しそうに話すご婦人からは、満ち満ちた生活をおくっていることが容易に想像できた。 誰もが描くリタイア後の人生。ご婦人は、そのいくつかを実現してきたのだろう。そして、これからも満ち満ちとした日々を過ごしてほしいと私は思った。 ご婦人の気遣い ご婦人をお客様としてもてなした外食でのお会計の時だった。 「わたしに、恥をかかせるおつもりですか!」 二度、三度と押し問答したが、私が折れざるをえなかった。その一瞬の出来事が私はとても楽しい。きっとご婦人も同じことを思っているかもしれない。 義理や縁故をとても大切にするご婦人。さりげない気遣いや気品もあふれている。ご婦人と過ごす時間を、私はいつも楽しみにしている。
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