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2018-08-03 14:33:35
どの物件見学でも必ず両手いっぱいに広げるお客様。それは単なる広さの確認ではなく理由があった。
初契約となった“自分たちの家”探しにこだわったご夫婦と新人営業のお話




10年ほど前の新人だった頃、周りの同期が初契約を取り、その勢いで実績を積み重ねようとしているのに、ひとり私だけ初契約が取れず焦る日々が続いていた。

ある日、現地販売を行っていると30代前半のオシャレなご夫婦がやってきた。代官山や自由が丘あたりで見かけそうなご夫婦は、私が担当する城東ではあまり見かけないタイプ。セレブ感ともちょっと違う洗練されたセンスを感じさせた。

「ちょっと広すぎるなぁ。」

そう話したご主人と奥様にはまだ子どもはなく、4LDKの一戸建てはあまりに大きすぎた。まだまだふたりだけの生活を楽しみたいと話すご夫婦にマンションを勧めてみると、“それもアリですね”と気さくに答えてくれた。さらに、個人事業なので通勤がないことや家賃が高いので買ったほうがいいと考えるようになったことを聞かせてくれた。

今ならば、“購入意欲の高いお客様だ!”とすぐに察知できるが、当時の私にはそれがわからなかった。だから、先を走る同期に追いつくことができなかったのかもしれない。



マンションに絞り込んだご夫婦との新居探しは、2ヶ月を過ぎた。少なくとも20軒のマンションは見学してまわった。ふたりで両手をいっぱいに広げたり指で細部を指し示したりしながらどの物件も同じように確認していた。ご夫婦はまるで物件探しデートを楽しんでいるようで、いつもにこやかで笑いが絶えなかった。
「間取りも広さも今までよりいいよね。でも、決め手に欠けるんだよなぁ・・・。」

3LDKの表装がきれいに張り替えられた中古マンションを見学したご主人の言葉に、私は“これもダメか。また物件を探さなくちゃ。”という思いになった。ところが、このお客様と私を常にサポートしてくれた上司の見解は違っていた。

見学を終えてお店に戻り、軽く打ち合わせを済ませてお客様を見送ったあと、デスクに戻ると上司から声がかかった。

「次で決めるよ。」

このまま物件見学を続けても決めきれないと判断した上司は、「次のアポイントでは腹を割った話をするから物件を案内するのではなく、ご自宅かお店、あるいはご主人の職場近くで会う約束を取り付けなさい」という指示だった。お客様の背中を押すのも不動産営業の大事な仕事だということをこの時に上司から学んだ。



数日後、指定されたご主人の職場近くの喫茶店で上司と待っていると、約束の時間よりも少し早くご主人は現れた。あいさつを済ませると、先日最後に見た3LDKの中古マンションの物件資料を鞄から取り出し、ご主人の前に広げた。そこからはあえて上司も私も多くを語らず、ご主人の反応をひたすら待ち続けた。物件資料を手に取り、しばらく眺めていたご主人は、コーヒーを一口含むと“ふう”とひと息吐いて口を開いた。

「しょうがないなぁ。買うよ。」

やや不貞腐れ気味で妥協するかのような言葉だった。しかし、それは気さくに接してきたご主人の照れ隠しだ。その言葉を口にすると、ご主人はおもむろに内ポケットから封筒を取り出した。それはご主人自ら事前に準備していた手付け金だった。その場では受け取れないので契約時にお店へお持ちくださいと伝え、お客様の意志をより強いものに変えるため申し込み書類の記入をお願いした。ペンを持つお客様の手に迷いはなく、必要事項をスラスラと埋めていった様子から、ご夫婦の間ではすでに話は決まっていたのだろう。

ご主人が決断を下した喫茶店での出来事以降、契約やローンの決済から引き渡しまで滞ることもなく過ぎていき、私にとって初めて真のお客様となった。



引越しが落ち着いた頃、新居を訪ねた。あいにくご主人は不在だったが、“よろしくお伝えください”と玄関先であいさつを済ませて帰ろうとした私を奥様は引き止めた。

「“自分たちの家”を見ていってください!」

そう言って通されたリビングを見て私は驚いた。マンション見学をしている時に、ふたり並んで何かを図るように手を広げたりしていたのは“このためだったんだ!”と気付いたそこは、リビングに接した部屋の壁が取り払われ、ひとつの大きな空間が誕生していた。それを内装業者に頼ることなく、自分たちですべてやり遂げたというから自慢したくなる気持ちも理解できた。

新たに大きな空間が生まれたマンションの一室は、本当に素敵な“自分たちの家”になっていた。


セルフリノベーションの先駆者


ずっと誰かに自慢したかったようで、奥様は家探しをしている時よりも晴れやかな表情をしていたのが印象的だった。

今でこそTVや雑誌でも取り上げられているDIYやセルフリノベーション。それを見るたびに10年前の若かった新人営業の自分と初契約のお客様をふっと思い出してしまう。

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