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2019-02-07 14:11:04
実家の目の前。資金も問題なし。
条件はすべてクリアするものの決断に至れない。 「でもなぁ」が口癖のお客様と低迷期の営業のお話 入社1年目は目立った成績を上げられず、2年目は営業としてのスキルが低いまま。変なプライドが邪魔して、上司や諸先輩方にアドバイスを求めることができずに時間だけが過ぎ年末が迫った。 4棟の現地販売を担当する私のもとに、斜向いの家からご夫婦がやってきた。 「ずっと気になっていて、夫婦でよく話していたんです。」 メタルフレームのメガネにきっちりとした短髪が似合うご主人とスクエア型のセルフレームのメガネを掛けた奥様は、知的な雰囲気を醸し出す実直な公務員を描いたようなご夫婦だ。そんなご夫婦が学校の先生であると知ったのは、のちに資金計画の話をしたときだった。 現地販売物件の斜向いの家は奥様のご実家の離れであり、いずれは独立した生活を考えているという。ご実家の近くに新居を構えられれば、小さな娘さんのいる共働き夫婦にとっては理想的だろう。パッとしない2年目を過ごしていた私にとって、物件購入の理想的な条件が揃ったこのお客様が光り輝いて見えた。 毎週末顔を合わせ、心の距離を縮めていく。物件への質問も細かい点に及ぶが、納得するのと同時に口から出てくるのは「でもなぁ」という踏ん切りのつかない言葉。ご夫婦の一方だけではなく、ご夫婦揃って同じ言葉を口にするため私はお客様のペースにずるずると引き込まれてしまった。 資金計画で知った十分な世帯収入と何ひとつ変わらない生活環境は好条件だ。それでも決断できなかったのは、実家暮らしのため家賃を払う経験がなく長期返済する住宅ローンへの不安だった。背中をひと押しすることができなかった私は変なプライドを捨て、上司に助けを求めることを選んだ。 「店長、同行をお願いします。」 助けを求める私の姿に、上司は「よし、行くか!」とひとことだけ言い少し頬を緩め目尻を下げた。その表情に救われ、不安は一掃されたような気持ちになった。同時に、もっと早く助けを求めるべきだったと心の底から後悔もした。 上司の存在は心強かった。しかし、ご夫婦の意思が変わることはなく「でもなぁ」状態は続き、桜の季節が過ぎ、新緑が眩しい季節になっていた。4棟の物件は内装もほとんど完成し、2棟の契約が決まっていた。そのうちの1棟はご夫婦が候補にあげていた物件のひとつで、この頃から「でもなぁ」という言葉は少なくなった。“あと少し・・・”と思った時、私は他店への転勤が決まった。 転勤してからもご夫婦への営業活動は継続していたが、他店の店長である元上司に同行をお願いするのは気が引けた。転勤先から物件までの距離もそれなりにあり、私にはある決意も生まれた。 「ひとりでやってみようと思います。」 元上司へ電話で伝えた。返ってきた言葉は「頑張ってこい。」のひとことだったが、自分の中で何かが大きく変わった気がした。 “もう半年が過ぎたんだ・・・。” 多くの時間が流れ、店舗も変わった。私はある決意を持って、ご夫婦へアポイントを入れた。 ご夫婦との打ち合わせは、ご夫婦が候補に挙げたうちの残された1棟で行った。最初に出会った頃はコートがないと肌寒い季節だったが、ネクタイで首元を締め付ければ薄っすら汗ばむ季節になっていた。 モデルルームとして配置されたダイニングテーブルにご夫婦と向かい合って座り、夜8時に打ち合わせをスタートした。物件の紹介や資金計画など何度も伝えている内容だが、この日のご夫婦はいつもと違っていた。私の話をじっくり聞く。そこまではいつもと同じだったが「でもなぁ」という言葉は聞こえてこない。スタートから1時間半を越えた頃、私はある決意をしてこの場に来たことを思い切って伝えた。 「最後だと思って今日はやってきました。」 その瞬間いつも冷静だったご主人は、少し呆然とした表情へと変化した。ご夫婦の不安を一掃できずに半年もの時間を費やし、決断できない状況を作ってしまった要因は私にあった。営業として居たらなかったことをお詫びして、私はご夫婦に頭を下げた。 「決めます。」 ご主人の言葉だった。私が頭を下げていた数秒の間に、ご夫婦は意思の確認をしていたのかもしれない。あるいは既に意思は固まっていたのかもしれない。頭を上げ視線を向けると、そこには初めて見るご夫婦のほっこりとした笑顔があった。 低迷期の脱出と成長 元上司に報告すると、ちょっと大袈裟だろと思うくらいに喜びを表現してくれたのが何よりも嬉しかった。 引渡し後、ご夫婦の元へ挨拶に尋ねると、斜向いの家から新居へ家財を自ら運んでいた。汗をかきながら荷物を運ぶジャージ姿のご夫婦は、幸せそうな家族そのものだった。 その後は低迷期を脱し、3年目以降一度もノルマを落とさない営業マンになった。そのきっかけを与えてくれたお客様だった。
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