<< 2019年3月 >>
2
3
4
5
6
7
9
10
11
12
13
14
15
16
17
19
20
22
23
24
25
26
27
29
30
31

記事カテゴリー

月間アーカイブ
前の記事 2019-03-01の記事  次の記事

1/1ページ 

2019-03-01 17:41:23
転勤を機に前期やり残したことに気づいた営業マン。
いつくるか分からない営業のためにあるものを用意していたお客様と新人営業のお話






転職者の私は、新卒入社の営業マンより営業としての成果や実績を強く意識していた。上司や先輩の力添えもあって、新人としてはそれなりの結果を残せた1年目だった。

入社して2年目に初めての転勤が決まり、ひとつだけやり残したことがあった。

初契約から2ヶ月後に届いた問い合わせメールがそのお客様とのはじまり。来店初日に5件の物件を見学し、その日のうちに申し込みをいただくことができた。しかし、お客様の決断を引き出したのは店長の力添えが大きく、新人の私だけではそこにたどり着くことはできなかっただろう。

(このまま何もできなかったら、初契約の時と同じだ・・・。)

そう思った私は、契約・ローン申請・引き渡しなど、わからないことは上司や先輩にアドバイスを仰ぎながらできることを自分ひとりで行い、積極的にお客様の元へ足を運んだ。汗をかき、十分なやりがいと達成感を得られたお客様だった。



「遊びに来てくださいね。」

引き渡しの時に、お客様から声を掛けていただいた。しかし、無事に引き渡しできたことで営業としての役目が終わったと思ってしまった私は、日々の職務に追われ、それを言い訳にして挨拶に行くことを先延ばしにした。

決算期が終わり、私は転勤が決まった。先輩から“期代わり初日に人事が発表される恒例行事”と聞いていたが、いざ自分のこととなると驚きと戸惑いがあった。

「転勤が決まりまして、別の店舗へ移動することになりました。」

電話で転勤の報告を入れると奥様はとても残念そうに声を絞り出した。

「遠くなりますね。大変でしょうけど、頑張ってくださいね。」

その電話を機会に“やり残したことをきちんと片付けよう”と心に誓った。



“転勤直後の今しか時間は作れない!”

そう思い立った私は、先輩でもあり私をハウスプラザへ誘った友人へ“引き渡し後のあいさつ”について電話でアドバイスを求めた。

「オレはお茶菓子と・・・、観葉植物を持って行ってるよ。」

私は電話を切るとすぐに近所の洋菓子屋と花屋に車を走らせ、その足でお客様の家へと向かった。

久しぶりに会うお客様というのは、インターホンのボタンを押すことさえ躊躇させる。インターホンから奥様の「はい」という声が聞こえ、私は背筋をピンと伸ばした。

「突然、すみません。ご挨拶が遅れておりましたハウスプラザの・・・。」

そこまで言いかけた時、奥様は「ちょっと待ってください」とひとこと言うとインターホンを切った。

どんな表情だろうか・・・
なんて挨拶したらいいのか・・・
謝った方がいいだろうか・・・
明るくした方がいいだろうか・・・

そんなことを考えながら奥様を待った。ところが奥様が玄関口に現れるまでには想像するより時間がかかった。自分は招かれざる客では?という疑念が時間の経過とともに強くなっていった。

「すみません。お待たせしました。おひさしぶりですね。」

そう言って小さなお子様を抱きかかえて扉を開けた奥様の表情は、笑顔があふれていた。その笑顔を見た瞬間、不安はすべて吹き飛んだ。

「ご挨拶が遅くなり、本当にすみませんでした。」

引き渡し後の挨拶ができなかったことをずっと心に引っ掛かっていたと素直に詫びて、用意した焼き菓子と幸福の木を手渡した。奥様は挨拶が遅くなったことなど一切気にせず、奥様からは新居での生活や子供の成長などを、私は転勤後などの近況を立ち話で交わした。

その間は10分ほど。あらためてご主人への挨拶に来ることを伝えて帰ろうとした時だった。奥様は玄関の収納ボックスに手を伸ばして何かを取り出した。

「使ってくださいね。」

そう言うと私に小さな長方形の箱と封筒をそっと手渡してくれた。



挨拶を終え、車に戻ると真っ先に封筒を開いた。初めて経験する新居という大きな買い物への不安と親身になる私になんでも相談できたことなど、感謝の言葉が綴られた手紙だった。そして、その手紙の最後に記された日付は、引き渡しを終えた翌週だった。

お客様から心のこもった手紙をいただいたのは初めてで、同時にもっと早く行っておけば・・・という後悔も生まれた。

カバンから取り出した箱の綺麗な包みを開くと、そこには高級ボールペンが収められていた。高級ボールペンを手に取ると、私のイニシャルである“M”と“R”が刻まれていた。

車という密室にひとりでいた私は、誰の目も気にせず、なすがままに感情を昂ぶらせた。


いつかのプレゼント


それは“いつくるか分からない私のために用意していたプレゼント”だった。

お店に戻って最初に報告したのは、先輩である友人だった。

「すごくないっすか!?」

友人は自分のことのように喜んでくれた。それがまた嬉しかった。“営業やってよかった。転職して本当によかった。”と思えた出来事だった。

1/1ページ