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2019-01-10 17:37:57
部下のお客様にごあいさつ。
それはかつて自分が担当したお客様。 ずっと悔やみ続け、10数年を経てマイホームを手にしたお客様と営業マンのお話 部下の営業マンが商談ルームでお客様に物件を提案していた。私は上司として部下のお客様と挨拶を交わし、名刺を差し出した。 「ん!?。」 軽く握った両拳の人差し指と親指で私の名刺を軽く挟み込み、ご主人は名刺を凝視した。 「ひょっとして・・・。」 両拳の上の名刺を奥様へと少し傾け、ぼそぼそと小声で会話した。二、三度チラリと私に視線を向け、ご夫婦は何かを確信するようにアイコンタクトをした。 「ご出世されましたね。」 ご主人の言葉に私はテーブルに置かれた部下の資料にサッと目をやりお名前を確認した。お客様の記憶には自信がある。私の記憶の中のお客様情報を3年、5年・・・と記憶を遡った。そんな私の様子を見ていたご主人は言葉を続けた。 「もう12~3年も前のことですよ。」 私が一介の営業マンだった頃だ。私の特徴的なシルエットや話し方は当時とほとんど変わらず、同じ店舗に勤務していた。そして、さほど珍しくはないが、そうそう出会うことのない私の姓が記された名刺を見て、お客様は確信したのだろう。 ややうつむいた奥様は少し恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに口を開いた。 『その時は、結局決まらずに・・・。』 バツが悪そうなご主人が言葉を続けた。 「まぁ、あの時はなぁ・・・。」 ご夫婦のやりとりを眺めているうちに、私の記憶が突然蘇った。 (あっ、あの少年の家族に違いない!) 12~3年前、今まさに話している商談ルームで、キラキラと瞳を輝かせた少年が頭に浮かんだ。 当時の私は、20代前半の営業マン。狙った獲物は絶対に逃がさない獣のようにガツガツした、よく言えば積極的な営業スタイルがまかり通ったバブル崩壊後の90年代後半。私も諸先輩方をまね、若さ全開に営業活動を行っていた。そんな頃、お客様と出会った。 「息子の成長に伴って、部屋を与えたい。」 それが住宅購入の動機だった。しかし、お眼鏡にかなう物件は見つからなかった。ガツガツした営業スタイルがお客様に不安を抱かせたのかもしれない。しかし、お客様が購入に至らなかった原因は他にもあった。 『私はいいと思うんですけど・・・。』 私は何度か物件を提案し、おおむね良好な言葉を口にする奥様の横で、息子さんである少年は瞳をキラキラと輝かせておとなしく座っていた。“ボクの部屋”に夢や希望を抱き、胸を膨らませていたことは私にも伝わってきた。 奥様は息子さんが小学校に入る前に決めたがったが、家長であるご主人は首を右へ左へと傾げるだけで縦に振ることはなかった。正式に家探しを断念するとご主人が言った時の今にも泣き出しそうな少年の表情は今でもはっきり覚えている。 そんな12~3年前の出来事をご主人も思い返していたのだろうか。 「あの時、決めていれば・・・。」 立ったままの姿勢で後悔を口にしたご主人に「お座りになってください」と声を掛けると、その表情は徐々に明るいものへと変わっていった。 ご主人は身を乗り出して食い入るように担当営業の話に耳を傾けている。私が担当した時のように首を傾げる姿はない。私はそれがとても嬉しかった。 「担当営業になんでも申しつけください。彼は優秀な営業マンです。最適な物件探しのお手伝いをお約束いたします。もちろん、私もお力添えさせていただきます。」 そう伝えて、私は席を後にした。 契約の日、再びお客様と顔を合わせた。 『やっと主人が決断してくれました!』 嬉しそうに声を弾ませる奥様の横には、成長した高校生の息子さんがいた。はにかむ息子さんの笑顔に、キラキラと瞳を輝かせていた少年の表情を重ね合わせたとき、お客様の幸せを分けていただいたような気持ちになり私は自然と笑みがこぼれていた。 『素敵な笑顔ですね。』 私の特徴的なシルエットと笑顔のギャップが、お客様の記憶に新しく追加されたような気がした。 営業人生の縮図 それから7~8年後、久しぶりにご主人から電話をいただいた。 「息子が結婚するので、新居探しをお願いできませんでしょうか。」 新しい幸せのお手伝い。私はすぐ担当営業に物件探しを指示した。時を経て物件の提案先は、お父さんから息子さんへと移った。 物件資料を前にした息子さんは、首を右へ左へと傾げるだけで縦に振らない。その姿は、お父さんとよく似ていた。“結婚と新居”という人生での大きな出来事をふたつも同時に抱える息子さんは、昔のお父さんと同じように決断できずにいた。 「大変なのはこの先もいっしょだから、若いうちに家を持ったほうがいい。」 そう言って息子さんの決断を後押ししたのは、後悔を知っているお父さんだった。 地域密着で20年以上同じ仕事をしているからこそ味わえるこの喜び。私の営業人生の縮図と言ってもいいかもしれない。
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