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2019-03-08 16:36:06
初孫の誕生を控えた熟年夫婦が息子夫婦のために家探し。
しかし、思い通りにいかない理由があった。
“もうひとつの地元”にこだわるお客様と新人営業のお話






熟年のご夫婦が現地販売会にやってきたのは8月のある週末だった。

「川一本向こう側に住んでる息子夫婦にもうすぐ子供が産まれるんだよ。だからさぁ、近くに住んで欲しいんだよ。」

下町口調で明るく話す男性は、平日休みの仕事に就く息子さんに代わってご夫婦で毎週末になると新居探しに励み、当の息子さん夫婦もまた平日休みを利用して新居探しをしているという。

完成物件をご案内している際中、初孫の誕生を心待ちにする熟年ご夫婦はずっと饒舌だった。いくつもの物件を見て回ったというだけあって不動産屋慣れしているのだろう。条件など私が質問したいことのほとんどを自ら口にしてくれた。

「家探しは、あなたにお願いしようと思う。おお、そうしよう!」

男性はそう言うと奥様に私が手渡したアンケート用紙の記入を促し、次回は息子さん夫婦を交えてお話しすることになった。



その翌週末、ご夫婦は休暇を合わせた共働きの息子さん夫婦を伴って4人で来店された。あらためて息子さん夫婦に要望や条件を尋ねると、概ねご両親から聞いていたとおりだったが、“地元”という言葉を何度も繰り返した。

結局ご両親が見学した物件は予算が合わず、別の物件をご案内することになった。それは今からならば間取りなどをほぼフリープランで建築できる物件だった。5区画ある更地の物件を説明し終えモデルルームへ移動すると、息子さん夫婦の購入意欲が高まったのは誰の目にも明らかだった。それまで控えめだった奥様は「いいなぁ!」「ステキ!」「すごい!」を繰り返した。

「一階にリビング!これだけは譲れないからね。」

それが奥様の唯一の希望だった。ご主人は奥様の希望に「わかったよ。わかったよ。」と頷きを繰り返し、そんなふたりの姿をご両親も嬉しそうに眺めていた。

一旦持ち帰らせてくださいという息子さんの言葉で、申し込みには至らなかったものの、ご両親の“近くに住んで欲しい”という願いの実現は“あと一歩”となった。


数日後、ふたたび来店された4名と打ち合わせをしていた時、売主に現況を確認すると5区画のうち候補に挙げていた物件が決まってしまった。その事実を運命と捉え、息子さんが口を開いた。

「やっぱり地元で探したいんですよね。」

息子さんはご両親が住む東京下町で生まれ育ったが、高校へ進学してから多くの時間を過ごし多くの友人知人がいる江戸川を渡った街をあえて地元と言った。そして、そこは高校時代に知り合った奥様にとって紛れもない地元だった。

しかし、自分たちの住む近くに居を構えて欲しかったご両親は簡単には引き下がらない。

「今は若いから地元にこだわるだろうけど、家族ができたら家庭が第一になるんだ。仕事や子育てを考えなさい。こっちの方が通勤も近くて楽だし、何かあったら父さんたちもすぐ動けるだろ。」

下町口調の抜けたお父さんと神妙な面持ちの息子さん。それぞれが抱える強い思いがわかるだけにどうすることもできず、私はただ口を閉ざし見守り続けた。

そんな長く続いた均衡状態を打ち破ったのは、ご両親にとってはお嫁さんである息子さんの奥様だった。

「私は、どこでもいいよ。北の寒いところでも南の島でもついていくよ。」

ご主人が自分に気を使っていると感じた奥様のひと言によって事態は進展した。2番目に候補としていた物件で申込書を作成することとなった。


それから数日後、打ち合わせを終えて談笑していた時だった。

「あと何回会えますかね?」

普段明るいご主人の声色が急に暗くなった。

「内覧会、引き渡し・・・、あと2〜3回くらいですか。寂しくなりますね。」

私の少し感傷的な気持ちを察したのか、いつものような明るく元気なご主人に戻った。

「引き渡しが終わったら、必ず飲みに行きましょう。ご飯も食べに来てください。」

ハウスプラザに転職したばかりの私は、お客様と仕事の枠を超えた関係を望んでいたのかもしれない。それと同時に、どうせ今だけだろうという思いもあった。しかし、そうではなかった。

施工会社とのプランの打ち合わせや施工状況など、週に一度は連絡が入るようになった。そして、決まって最後には“いつ飲みに行きましょうか”だった。奥様はもちろんご主人のご両親も楽しみにしていると聞き、とても嬉しかった。

明るさと元気を取り戻させてくれる家族は、とても大きな存在になった。


もうひとつのお祝い


引き渡しの日が近づいた頃、ご主人から電話が入った。きっと引き渡しに関する問い合わせだろうと思って電話に出たがそうではなかった。

「予定日まであと一週間ほどなんですよ。もうそろそろ産まれそうなんです。家族が増えたらぜひ子供にも会いに来てくださいよ。」

その嬉しそうな声と誘いの言葉を聞いていて私もお祝いをもらったような気持ちになった。

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