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2019-04-25 12:40:55
一家の柱となって新居の購入に踏み出す男性。
そして、いつもその傍にいる義弟。
住む場所を失いかけた家族と新人営業の話






“大雨の日にお客様は来るのか?”

台風の影響で朝から大雨強風。「こんな大雨の日に来るお客様は激アツだぜ!」と先輩は言っていたが、それが滅多にないことくらいは新人の私でもわかっていた。

そんな土曜の昼過ぎ。2棟の建売物件前に立つ私のところに、傘をさした30歳くらいの二人の男性がやってきた。

「あとからまだ来ますから。」

男性の後ろに視線を向けると、ぞろぞろと4つの傘がこちらに向かってきた。初めに声をかけてきた男性が物件を探し、もう一人は物件を探す男性の妹さんの旦那さん、すなわち義弟だった。

「どうぞ。見学していってください。」

物件内部へ誘うと、奥様と妹さんのあとに義弟が続き、傘と靴を揃えたお母さんと姪っ子さんが遅れて続いた。物件探しの張本人である男性は最後に物件の中に入り、さっとひと通り見学すると誰よりも早く玄関先の私のところに戻り会話を重ねた。

男性と奥様は実家近くのアパートで暮らし、実家にはお母さんと妹さん家族の4人が暮らしていた。しかし、老朽化した賃貸の実家を明け渡すことが決まり、4人が安心できるよう6人で生活できる新居を探し始めたという。

私は二つの疑問を感じた。一つ目は、6人が住むには物件が小さすぎるということ。二つ目は、お母さんだけでなく妹さん家族の同居まで男性が面倒を見ること。ほんの一瞬出たかもしれない私の表情を読み取った男性は照れ笑いを浮かべながら言った。

「長男ですから、一応・・・。」

もう1棟も同じように熱心に見学する5人。そして、同じように玄関先で私と会話を重ねながら「どんな感じ?いいかな?」と5人に声をかける男性を、私は“明るくてしっかり者のお兄さん”という印象を持った。

見学を終えた5人の満足そうな顔を見た男性は、少し詳しい話を聞きたいと言い、男性と義弟、そして「両方買えたらいいのにね」と漏らしたお母さんを私の車に乗せて店舗へと移動した。



店舗では資金的な話がメインとなり、ここからは店長も同席した。男性は義弟と同じ公共サービスに従事しており、相応に蓄えもあった。住宅ローンも問題なく組めるだろうと店長が判断すると、お母さんの表情が緩んだ。住む場所が見つかり、ほっと安心したのだろう。

「母さんと妹の住むとこ見つかったな。」

そう言うと男性はやや広めの方の物件を申し込み、その翌日には契約を済ませた。



男性のご自宅と店舗は離れていたこともあり、その後の打ち合わせのメイン会場は契約物件のリビングになった。そして、男性の傍には奥様ではなくいつも義弟が同席した。

ある日の打ち合わせで店長がつぶやいた。誰もが気になっていたが、暗黙の了解で誰も口にしなかったものだ。

「6人で住むには狭いですよ。風呂・洗面所・トイレ、きっと大変ですね。」

それが意図的な発言だと店長から聞かされたのは、その日の打ち合わせ後だった。しかし、店長のその一言に義弟が即座に反応した。

「2・3年後には独立も考えているんですけどねぇ・・・。」

何かを察した義弟は、店長の話を煙に巻いた。隣の男性も何やら言いたそうだったが、それを胸の奥深くに飲み込んだ。

「もう1軒の方、義弟さんで決めようか。」

打ち合わせから帰る車の中で店長からその言葉を聞いた。でも、私はあの義弟が首を縦に降るとは思わなかった。



物件を契約した男性と義弟が同じ職場で働いていたことから、義弟の収入をある程度は把握していた。しかし、人生を左右する決断に立ち向かう覚悟がないことも私は会話の端々から感じ取っていた。

ところが、義弟はもう1棟の物件を契約した。義弟を導いたのは店長の丁寧な説明だった。資金的に手が届くとわかり、義弟は自分や義兄の家族が増えることを想像したのかもしれない。でも、一番の理由は家族を思いやる“義兄の存在”に違いない。

「大丈夫かなぁ。不安なんだよなぁ。」

妹さん夫婦を気遣う男性は、とにかく家族を思い、素直に気持ちを表現する人物だった。

初めて物件を見学した時には、一緒に住む家族全員の声に耳を傾けた。そして、住宅ローンの打ち合わせ中に、「家族の一生がかかっています。」と土下座したこともあった。

その姿を見たとき、嬉しいとも悲しいとも明らかに違うよくわからない複雑な感情が私を支配し、こみ上げてくる何かを必死に堪えるだけしかできなかった。


一番不安を抱えていた人



引き渡しから2週間後、挨拶に行った。応対してくれたのは男性夫婦と生活するお母さんだった。

「家を買ったんだから、しっかり頑張らせます。」

お母さんのその言葉は、息子さんではなく義弟に向けられたものだった。そして、家族の柱となりつつある息子さんの成長を心の底から喜んだ。住む場所を失いかけた家族の中で、一番不安を抱えていたのは、お母さんだった。

2019-04-12 15:28:43
新人営業ができることを自分なりに考え行動に移す。
それによって契約を決意したお客様と新人時代を振り返り行動に起こした営業マンの話






「新人は一生懸命な姿を前面に出せ!」

何もわからない新人営業に向けた上司の言葉だった。

“今の自分にできることって、いったいなんだろう・・・”

知識も経験もない私ができること。それは限られていたが、考えて導き出した答えは“物件を大切に扱うこと”だった。

“まずは掃除からだ!”

会社にあったホウキ・雑巾・バケツなどの掃除用具を自転車のカゴに詰め込み、初めて担当を任された物件に向かった。すでに申し込みをいただいていた物件だったが、思い入れのあるその物件を私は選んだ。

お客様に少しでもいい印象をもって貰いたい。そう思いながら、物件の外回りから2階建て4LDKの新築物件を隅々まで清掃した。完成したばかりの新築物件は、汚れた箇所など見当たるはずもない。それでも、外回りには風で運ばれてきた枯れ草があり、窓には風雨で薄っすら砂埃が付いていた。一見綺麗に見えた内部も、漂っていた埃や小さな木屑が床面に舞い降りていた。

薄汚れた雑巾とかき集めた屑。きっと誰も気付かないだろうけど、その分だけ綺麗に見えるはずと思えば、清々しい気持ちになった。



数日後、私にとって初契約となる日がやってきた。申し込みを終えた日、お客様をご自宅まで送る車中で「本当にいいのか!?予算オーバーだよなぁ。」と悩まれていたことをハッキリ覚えている。それが数日前に掃除した思い入れの強い物件のお客様だった。そして、そのお客様が来店された。

「あの物件、家族で話し合って『止めよう』かと・・・。」

お客様は来店早々、椅子に座るよりも前に私と店長へ話しかけてきた。初契約が流れると思った私は、全身から力が抜けていく瞬間を初めて味わった。

店長に促され席に着いたお客様は話を続けた。予算オーバーしてまで無理をする必要はないという一方で、物件は自分たちが思い描いていた理想にピッタリだった。無理と理想の葛藤は、前者が上回っていたものの諦めきれない気持ちもあった。家族で話し合ったお客様は、諦めきれない気持ちを断絶するために来店される数日前に物件を訪ねたらしい。

“最後に物件を見て、何も感じるものがなければ諦めよう”

自分たちにそう言い聞かせて物件へ近づいた時、小学生のご長男が物件の中に誰かがいることに気付いた。家の中にいた人物は私だった。あの日、掃除に集中していた私はお客様に気付かず、お客様は私に声を掛けるでもなくじっと外でその様子を眺め続けていたのだった。

「あれを見て決めましたよ。契約します。」

その言葉を聞いた私は、全身に力がみなぎってくる瞬間を初めて味わった。



それが私の初契約だった。その後も引き渡しまで担当として精一杯努めたものの、お客様にとっては新人営業では至らない点がいくつかあった。間違いがあってはいけないと多くを一旦持ち帰る慎重さを上司や先輩は評価してくれたが、お客様にとっては手際の悪さと写り、もどかしかったようだ。

お客様のそんな様子を感じ取った私は、顔を合わせにくくなる。観葉植物と洋菓子を持参した引き渡し後の挨拶が、最後の顔合わせとなった。

それから5年以上が過ぎ、私もトップセールスを取れるまでに成長できた。毎年入社してくる後輩たちをみては、当時の自分を振り返る余裕さえできた。そんな時、この体験談を社内で話す機会があり、やり残しがあったことに私は気付いた。



ある日の夕方、私はアポイントを取らずにお客様の自宅を訪ねた。インターホンで応対してくれたのは当時小学生だったご長男。次いで奥様が玄関先に出てきてくれた。

「おひさしぶりです。」

最初は私に気付かなかったが、名乗るとすぐに奥様は思い出してくれた。不具合はないかといった当たり障りのない会話から入り、契約当時の手際の悪さからご迷惑をかけたことを素直に詫びた。

「そういうこともありましたね。」

少し目尻が下がった奥様は、今だからと前置きをしつつ頼りなかった新人営業だった私の印象を話してくださった。

そんな私が当時の経験を活かしてトップセールスで表彰されるまでに成長したことを伝えると、少し耳が痛いことを言われてしまった。

「はじめてお会いした時より、太りましたね。」

口元を押さえた奥様の目尻は、限界まで下がっていた。


会いたくないお客さま


またお伺いすることを伝えると、奥様から「ぜひ寄ってください。」という言葉とともに励ましの言葉をいただいた。

5年以上気にかけていたモヤモヤがスッキリと晴れ渡った。と同時に、“もう少し早く行っていれば・・・”という気持ちも芽生えた。

会いたくないお客様は、営業マンならば誰もがいるものだ。でも、やってみて思った。

“会いたくない人ほど、会いに行くべきだ”

忘れかけていた新人営業時代の新鮮な気持ち。それを、もう一度味わうことができるから。

2019-04-04 15:03:20
息子さん家族が住むための物件を見学する年配女性。
息子さん家族のため?自分のため?
誰よりも思いの強かったお客様と出会った新人営業のお話






「おうちのなか、見れるの?」

建築途中の現場に、年配の女性が現れた。貼り掛けの外壁が家の外観を形作った程度で、その内部は柱と梁などが確認できるだけの状態だ。年配の女性は基礎を跨ぐたびに「よいしょ」と声を出し、私のスマホの明かりだけを頼りに見学した。

「息子たちに住んで欲しいのよ。」

その物件のすぐ裏に住んでいるという年配の女性は、徒歩10分のマンションに住む息子さん家族を“より近くに・・・”と願っていた。

「息子たち連れてこようかしら。今日は何時までいるの?」

来てくれたらラッキーくらいのつもりで18時までは待機していることを伝えると、その年配の女性は帰っていった。

(あぁ、またこのパターンか・・・。)

近くに団地があり同じ考えを持ったご高齢の見学者を私は何度も応対していた現場だった。しかし、やはりというべきか、その後にそれらしき見学者が現れることはなかった。



翌日の現地販売では数組の来場客があったものの“いいですね”や“欲しいなぁ”といった大雑把な感想ばかりで、アンケート用紙の回収もできない“見たいだけの来場客”が続いた。

西に日が傾き始めた頃、前日見学した年配の女性と午前中に見学した家族がチラチラとこちらに視線を向けながら道端で立ち話をしていた。お母様と息子さん家族だとそこで気付いた。私は歩みを進めてご家族の会話に加わり、そこでお客様の生の声を理解した。木材の露出した建築途中の物件を見学しても何もイメージできない。見たいだけの来場客と思っていた中には、質問が浮かばず“いいですね”や“欲しいなぁ”といった感想になってしまう人がいることをその時に知った。

「内装を確認できる完成物件が近くにあります。見学してみませんか?よろしかったら声をお掛けください。」

あと2~3時間はこの場にいることを伝えて私は持ち場に戻った。そして、その輪がお母様の自宅へと向かう様子を少し離れて見届けた。

それから数時間後、お母様と息子さん家族が再びやってきた。

「これから見れます?」

私が紹介した完成物件は、これから外食するというご家族が週末によく利用しているレストランの近所にあり、早速見学に向かった。

家具が配置された同じ売主の完成物件での見学は、非常にイメージがつきやすかったのだろう。間取り・広さ・階段・設備などに具体的な細かい質問が寄せられた。購入への意欲が感じられた私は、優れた点ばかりだけでなく、利用者が補うべき注意点も漏らさずに説明した。その説明に一番大きな反応を示したのは、お母様だった。私の説明に合いの手を打つように“そうなの?”“いいわね!”と声をあげ、息子さん家族の購入意欲を後押しした。

「あとは金額次第かなぁ・・・。」

息子さんの言葉は購入へ前向きな意思を示し、この時に初めてアンケート用紙の記入に応じてもらえた。

「連絡先は、母さんの携帯でいいよ。」

教えられた連絡先は、最初に物件を見学したお母様のものだった。お母様は断ることなく「私から連絡すればいいもんね」と、むしろ喜んで引き受けた。息子さん家族が今よりも近い場所に移り住むことが現実味を帯びてきたからだった。



数日後、資金的な話を聞きたいとお母様から連絡が入り、私と店長はお母様の自宅を訪れた。土曜日だったが息子さんは仕事のために不在で、お嫁さんだけがいらっしゃった。

息子さん家族はローンを完済したマンションに住んでいた。それを貸し出し、賃貸収入を新居の住宅ローンに充てる資金計画は負担が最も小さくなると判明した。

店長から資金計画の説明を受けて納得した様子のお嫁さんは、携帯電話を取り出すと仕事中のご主人に電話を入れ、想像よりも負担が小さい資金計画を嬉しそうに伝えた。

「うん、わかった。そうするね。じゃあ、仕事頑張って。」

電話を切ったお嫁さんはご主人の意向を私たちに伝えた。

「決めました。買います!」

その日は資金計画の話だけと思っていた私と店長にとって、思いもよらぬ嬉しいハプニングだった。でも、そのハプニングを誰よりも喜んだのは、お嫁さんの横で満面の笑みを浮かべたお母様に違いない。


息子家族のための用意



購入を決意したものの、正式な申し込みには売主への支度金が必要だ。しかし、土曜日に金融機関の窓口は開いていない。

「今用意できるのは、せいぜい・・・。」

お嫁さんが口にした金額は、支度金としては十分なものではなかった。が、次の瞬間、お母様が動いた。

「これで足りるかな?」

お母様はタンスから銀行のロゴが入った封筒を取り出すとお嫁さんに手渡した。

「一度決めたらこういうのは早くしないとね。」

やはり新居への思いが一番強いのは、紛れもなく息子さん家族を待つお母様だった。

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