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2018-12-21 18:11:09
何を話したら・・・。
困り果てる新人営業の様子を察したのはお客様だった。 夫婦共働きで新居探しに時間が割けないお客様と 未熟なコミュニケーションに悩む新人営業のお話 「ひとりでやってごらん。」 先輩に言われて現地販売会場にひとりで立つようになり、コミュニケーションが未熟なことに気付かされた。 “うまくいかない・・・” アメリカンフットボールで鍛えた体力と精神力には自信がある。しかし、アメフトに情熱を注ぎ、限られた人間関係の中にいた私は、話題作りが苦手でお客様との距離を縮められなかった。同期が実績を上げるたびに焦り、自分への苛立ちから少しやさぐれていた。 ある日、現地販売会場の看板を見たお客様から電話が入った。 「物件を見たいんですけど・・・。」 現場に到着するとご夫婦が待っていた。物件の斜向いに奥様のご実家があり、建築途中からずっと気にしていたらしい。 「初めて見学するんです!」 そう言って楽しそうに見学する奥様と物静かそうなご主人にひと通り物件を紹介すると会話は途切れた。困り果てた私は、大きな体を目立たないようにじっと息をひそめた。そんな私を気遣ってくれたのは、営業職の奥様だった。 「カラダ大きいですね。何かスポーツしてたんですか?」 「アメリカンフットボールをやってまして・・・。」 「私の友だちが社会人でアメフトやってるんですよ。」 そこからはじまった奥様との会話と横にいるご主人の時折見せる笑顔は、不安だった私の心を和ませてくれた。アメリカンフットボールという共通点に親近感を覚え、“このお客様のために精一杯がんばろう”とやさぐれた気持ちを引き締め直した。 共働きのご夫婦が揃う時間はなかなか作れず、最初の物件見学から1ヶ月後に二度目の見学を行い、その1ヶ月後に具体的な希望条件が示されて三度目の物件見学を行った。 エリア・広さ・間取りなどお客様の条件にぴったり。売主様も価格交渉に応じてくれるという好物件だ。 「ここでいいと思うんだけど・・・。ねっ!」 ご主人に語りかける奥様は「ねっ!」と発する時、私をチラリと見た。 “今よ!営業ならここで一押ししなさい!” 私に投げかけられた「ねっ!」にそんな意味があると気付いたのは、時間が経ってからだった。 (早く気付ければ・・・。長期戦になるかも・・・。) そんな思いで日常業務をこなしていった。 数日後、現地販売をする私の携帯にご主人から電話が入った。なぜか良い予感がした。 「両親に見せたいので、来週この前の物件を見学できますか?」 (よし!両親の登場だ!) 久々の好感触に体中が震えた。しかし、すぐにハッ!と我に返った。今まさに先輩がその物件の契約を商談ルームでスタートさせた時間だった。 「すみません。ちょうど今、その物件の契約を交わしていまして・・・。」 私が伝えると、ご主人の声は落胆を隠しきれないほど力を失った。 「代わりに・・・。」 「あっ・・・、ちょっと考える時間を・・・。」 私の言葉を遮るようにご主人は言葉を被せ、そして電話を切った。その瞬間「ここでいいと思うんだけど・・・。ねっ!」と言った奥様の顔が浮かび、奥様に報告するご主人が気の毒になった。あと一押しできなかった自分に責任を感じていたからだ。 その日の夜、会社に戻った私は現地販売の報告やお客様から電話があったことを店長に伝えると事態は急転した。 「あの物件、契約流れたよ。」 店長の言葉で、私はすぐに携帯電話を手にした。 「お昼に電話いただいた件ですが、大丈夫になりました。」 興奮に包まれた私の言葉が足りず、ご主人はすぐに理解できなかった。 「契約がなくなりました。見学できることになりました。」 その言葉で理解したご主人は「ちょっと待ってください。」と告げ、電話の向こうで奥様と会話をはじめた。 「見学、お願いしたいです。来週、両親を連れて行きます。」 少し弾んだご主人の声が、笑顔で会話するご主人と奥様の様子を想像させ、私も笑みがこぼれた。 これからも・・・ ご主人の両親を伴った見学はうまくいった。久しぶりに契約をいただき、引き渡しも無事に終わった。 「お世話になりました。ありがとうございました。」 久しぶりにいただいたお客様からの感謝の言葉は、本当に嬉しかった。そして、その後の言葉にちょっとうるっときた。 「これからも、宜しくお願いします。」 引き渡しで営業としての役目が終わってしまうことに、はじめて少し寂しさを感じたお客様だった。それだけに、“これからも”が心にしみた。 ご夫婦は仕事の都合ですぐには引越しが出来ないという。それでも新居での生活を楽しみにしている様子は定期的に交わす電話から伝わってくる。 「スーパーボウル、観るでしょ?」 アメフトの話題を投げかける奥様の電話は、“営業は自分から相手の心に近づくもの”と私の未熟なコミュニケーションを優しく教えてくれているような気がした。
2018-12-06 14:14:03
入籍前の若いカップルが家探し。
お客様と営業の垣根を越え、近所の友だちという関係を望んだお客様と “証人”となった新人営業のお話 「結婚してなくても、家って買えるものなんですか?」 お客様からの質問で、若いご夫婦と思い込んでいたおふたりが結婚前のカップルであることを知った。お客様から問い合わせメールが入った翌日に実施した物件見学中のことだった。 答えはもちろん“イエス”だ。しかし、入籍していないおふたりの場合、住宅ローンの金利優遇が受けられない商品があることを合わせてお伝えした。 若いカップルのお客様は新人営業の私より年齢がひとつ上の24歳だった。年齢が近いことを知るとお客様は気を許してくれたようで、専門学生時代からの長い付き合いで、卒業と同時に就職のために九州から東京にふたり揃って出てきたことなどを聞かせてくれた。 私との主な会話のキャッチボール相手は饒舌な彼女さんだった。彼氏さんはその後ろに控え、ときどき彼女さんが捕り損ねたボールを拾い上げると私や彼女さんにやさしく投げ返して会話を成立させていった。 『どれもいい物件でしたよね。悩むなぁ・・・。オススメはどの物件ですか?』 帰り際の彼女さんの質問は、私を信頼してくれたことを意味していた。私は“お客様から問い合わせのあった最初に見学した物件”を迷うことなくオススメした。 その日の夕方、売主様にお客様へオススメした物件の状況を電話で確認すると数件の問い合わせと見学が入っていることを知った。私はその事実をお客様に電話で報告すると、お客様はすぐに行動へと移し、その日のうちに来店されるとそのまま申し込みをいただくことができた。 申し込みから二週間後、おふたりは契約のために来店された。電話で話したり資料をご自宅に届けたりして過ごした二週間は、私とお客様をより親しい関係へ築きあげるには十分な時間だった。 「ご結婚とか考えていないんですか?」 住宅ローンが気がかりだった私は、聞きづらかったデリケートなことをたずねた。ところがおふたりは怪訝そうにするわけでもなく、むしろ急に神妙な面持ちになりピンと背筋を伸ばした彼氏さんは彼女さんに視線を向けた。すると、何かを感じた彼女さんも同じように視線を向け、おふたりはゆっくりと顔と顔を向け合った。 「・・・しますか?結婚・・・。」 急な展開に退室しようとする私を、おふたりはそのまま話を聞いて欲しいと言った。仕切り直した彼氏さんのプロポーズに彼女さんが答えた。 『はい。しましょう、結婚・・・。』 私はプロポーズの証人となってしまった。 数日後、出勤の準備をしていた私の携帯電話が鳴った。 「今、会社ですか?今から行ってもいいですか?」 彼氏さんからの電話に、何事が起こったのか不安と焦りに襲われた私は急いで会社に向かい来店を待った。午前10時頃、来店されたおふたりは神妙な面持ちで一枚の紙を私の前に取り出した。婚姻届だった。 「証人になってください。」 そう言って頭を下げるおふたりに断る理由など何もなかった。 「本当に私でいいんですか?」 一応確認のためにたずねると、おふたりは揃って同じように頭を下げた。証人欄に記入を終えた私にご主人となる彼氏さんが話しかけてきた。 「実は・・・、契約を終えたあと、その足で役所に婚姻届を取りに向かったんですよ。翌々日の“いい夫婦の日”に入籍しようと思ったんですけど、戸籍謄本の取り寄せに時間がかかることを知らなくって。でも“いい節”になるから、今日11月24日もありかと急に思い立って・・・。」 気恥ずかしそうな彼氏さんが話を終えると、代わって奥様となる彼女さんが話しかけてきた。 『もうひとつお願いがあります。ご近所だし、今後のお付き合いもお願いしたいんです。』 そう言って頭を下げようとしたおふたりを私は制止した。 「本当に私でいいんですか?」 数分前と同じ光景を繰り返した私をおふたりは明るく笑ってくれた。 また、ふたり揃って頭を下げられた それから1ヶ月も経たない年末、奥様が望んだ“今後のお付き合い”が実現した。 「今度の週末、ご飯食べに行きません?」 その日を境にそれまでお客様と営業の関係から、近所の友だちに近いものへと変わった。 お酒も進みほろ酔い状態になった頃、ご主人からいずれ挙げる式でのスピーチを依頼された。 「また、よろしくお願いします。」 そう言って頭を下げようとしたおふたりを私は制止した。 「いやいや!さすがにそれは無理っすよ。それだけはマジ勘弁してくださいって・・・。」 大勢の前でのスピーチほど苦手なものはないからだ。
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