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2018-11-29 14:41:00
42歳の新婚夫婦。首が座ったばかりの赤ちゃん。
夢と希望のマイホーム。そして・・・。
わずかな時間でお客様とともに目まぐるしい経験をした27歳営業のお話。






忘れることができないお客様と出会ったのは、私が27歳の時だった。

ともに42歳のご夫婦は首が座ったばかりという娘さんを抱え、私の担当していた現地販売の物件にやってきた。

「子供には隣や階下に気を使うマンションじゃなくて、戸建てでノビノビ暮らしてほしいんです。」

奥様はそう言いながら、嬉しそうに楽しそうに物件資料に目を通した。物件探しをするご夫婦の多くは、一方が情熱や感情を表現すれば、もう一方は冷静に判断するものだが、ご主人も奥様に負けず劣らずのノリで物件探しを楽しんでいた。その姿はまるでテーマパークではしゃぐ大人カップルのようだった。

ずっと優しく気さくなご夫婦は、ご主人のお母さんを含めた4人が生活する新しい住まいをその物件に決め、ご成約いただいた。その数日後、電話が入った。

「新婚旅行に行ってきます。」

それを聞かされたとき、私は新婚という響きに驚きつつも、故の“ご夫婦の距離感”に納得した。



このお客様はことあるごとに連絡を取り合った。売主様との打ち合わせ後には必ず電話が入り、必然的に直接お会いする機会も他のお客様よりも多くなった。いつも楽しそうにマイホームの話をする奥様は、私を奥様の世界に引きずり込む魅力があり、私自身もこのお客様との時間は楽しかった。

ときにはカタログや写真を見せられ、プロでしょ?と間取りや壁の色などの意見を求められることもあった。

「夢と希望をカタチに変えて、想いをのせるんです。」

奥様のこのフレーズを何度も耳にした。“夢と希望をカタチに変えて”は家という形にすることなのかと見当はつくが、奥様の“想い”が何を意味していて、どんな“想い”なのか私には理解できなかったが、ちゃんと仕事をしようという気概は日増しに強くなった。

建物が完成し、引き渡し前の最終確認の時だった。お客様の夢と希望がカタチとなり、ついに想いが現実のものとなった。それを実感した奥様は、溢れ出るものをハンカチで必死に押さえていた。

「うん。ちゃんとカタチになりました。」

言葉にならない奥様の気持ちをご主人が代弁した。

強い想いを持ったお客様は、ちょっとしたことが大きな問題になりかねない。そう思った私は、“引越しまでの残り二週間、今まで以上に慎重に丁寧に仕事をしなければいけない”とあらためて強く肝に銘じた。

それから2日後、突然訃報が入った。



奥様が病死したとご主人から連絡が入った。マイホームを一番楽しみに待ち望んでいた人が亡くなった。私は持病があることを聞いてもいなかったし、いつも明るく元気な奥様はそれを感じさせることもなかった。

「まさか急にこのタイミングで・・・。」

ご主人はもちろん持病のことを知っていたが、突然の悲しみに言葉が続くはずもなく私との電話をそっと切った。

“家族への想いをマイホームというカタチで遺しておきたかったのだろうか・・・。”

そんなことをふっと思ってみたが、答えなど今はもう見つかるはずもない。いつも楽しそうだった奥様に思いを馳せていると、私の中に葛藤が生じた。

不動産売買の取引を契約通り履行すべきか・・・。それとも申し出によっては人道的に解約も視野に入れなければいけないのか・・・。

私は悲しみにくれるお客様家族のためにその双方の可能性を調べ、今後の進むべき方向性を指し示さなくてはいけなかった。でもそれは奥様の想いを知る私にはとても辛いもので、できれば誰かに代わってほしいとさえ思った。



「やっぱり、どんなことがあってもこの家は買って住みます。」

数日後、少し気を持ち直したご主人が電話で告げてきた。その言葉に私は少し仕事がしやすくなったものの、なんでそんなにスッキリ決断できたのか気にかかった。しかし、その次にご主人から聞かされた話で納得できた。

「妻は、毎日じゃないけど日記をつけていて、病気のこと、娘のこと、私のこと、新居のこと、そして夢の新生活がたくさん綴られていました。それが生前妻の言っていた“夢と希望をカタチに変えて、想いをのせる”だと知りました。だから私のやらなきゃいけないことは、“妻のカタチ”を遺し続けていくことなんです。」

悲しみに暮れるご主人を一歩前に進まなくてはいけないと奮い立たせたものは、奥様の遺した夢と希望が記された日記だった。


見つからないと思っていた答え


ご主人の決意の電話で、私ははじめてお客様の本当の想いを理解することができた。そして、“答えなど今はもう見つかるはずもない”と思っていたものに答えが見つかり、私の心の中で宙を舞っていたものがひとつ落ち着いた。

このお客様と過ごしたわずかな時間は、特別な映画や小説と同じように27歳の私の心に深く刻み込まれた。もうすぐ10年が経とうとしているが、今もこのご夫婦の笑顔はハッキリと浮かんでくる。

2018-11-22 14:04:14
トラブル多発の物件販売。
売主に不信感を抱きながらもマイホームを手に入れるために
忍耐強く耐え続けたお客様とベテラン営業マンのお話。




青天の霹靂だった。

「お客様の個人情報を見せてくれ。じゃないと契約できないなあ。」

契約を明日に控えた夕方、売主の担当営業は電話で私に伝えてきた。あまりにも急すぎると必死に抵抗したものの人気物件を盾にその強気の姿勢を崩さなかった。

今から10年以上前、創成期のフラット35は認知された住宅ローンではなかった。現在はもちろんそのようなことはないが、当時は住宅ローンの審査に通っても“フラット35の客かぁ・・・”と物件の売買契約に難色を示す売主もいた。

契約を間近に控えた物件は、基礎工事を終えたばかりの段階で全20棟のうち8割近くの売却が決まるほど人気の高い分譲物件だった。だからこそ売主も強気だったのかもしれない。私は不服を押し堪え、お客様に売主の意向を伝えるしかできなかった。

「急ですね・・・。」

さすがにお客様も不快感を示した。それでも夢のマイホームを目前にしたご主人は、売主との約束の時間までに開示資料を用意することを受け入れ、翌朝の仕事をキャンセルしてまで都心部へ取りに行ってくださった。その甲斐あって、契約を無事に終えることができた。



引き渡しを間近に控え、売主と私も立ち会ったお客様による物件の最終チェックで問題は起こった。

玄関の収納扉のネジの緩み・内装クロスのズレなど誰の目にも必要と思われるものからはじまった修繕箇所の指摘は次第に微細なものへと移っていき、アルミサッシの微かなスリ傷やパッキンのわずかな浮きなど、売主の担当営業がメモした数は50以上になった。その数に私も驚いたが、お客様が細かい指摘をする原因があったことも私は知っていた。

「引き渡しまでに、完璧に、修繕・・・。ちゃんとしてくれよ・・・。」

お客様の言葉が室内に重く響いた。契約を終えたあと、お客様が建築現場を見学に訪れたところ、吸殻や飲み干された缶コーヒーが無造作に放置されていたことがあり、注意するよう言い渡されていた。さらには愚痴やクレームを2時間にわたって聞かされたこともあった。そんなことが細かい修繕箇所の指摘につながったのだろう。

やっと見つけ出した理想のマイホームがあと少しでお客様のものになる。そんなタイミングでの私の主な仕事は、売主様への不信感が今にも爆発しそうなお客様のガス抜きだった。



お客様に不信感を抱かせてしまった売主の担当営業もそれはそれで大変だったようだ。50箇所以上にも及ぶ修繕は、担当営業も呆れ果てたに違いない。

「できることは自分でもやりますよ。」

引き渡しまでに修繕すると断言した担当営業は、リペア業者さんと一緒に汗を流した。

引き渡しまであとわずかという頃、私は体調の異変を感じていた。今までに感じたことのない腹部の痛みを感じ病院を受診すると急性胃潰瘍と診断された。自分が想像する以上に心的ストレスを溜め込んでしまっていたようで、長く不動産仲介の仕事に携わってきたが、自分がストレスで悩まされるとは思ってもいなかった。それでも営業としてお客様のすべてを受け止めた“報い”は、時を経て実を結ぶことになった。



引越しからしばらくして落ち着いた頃、お客様から電話が入った。

(また何かあったのだろうか・・・。)

その時にはもう胃潰瘍の状態も良くなっていたが、このお客様からの電話は少しだけ敏感になってしまう。

「紹介したい人がいるんだ。一度、話を聞いてやってくれないか?」

当時の住宅ローンは個人事業者への融資は現在よりも軽視されていたが、トラックドライバーでも住宅ローンが組めたことを自慢したお客様は、同じようにマイホームを探していた同業者の知人をご紹介してくださった。

「トラックドライバーに家を買わせてくれる不動産屋なんて、いないからな。」

電話越しではあったがお客様の笑う声が聞けたのは、この時がはじめてだった。


貴重な実績と経験


ご紹介いただいた新しいお客様にもマイホームを購入していただくことができた。さらにもうひとりご紹介いただき、そのお客様にもマイホームをご提供することができた。

苦労から逃げずお客様に誠意を持って応対した結果は、営業としてとても大きな実績と経験をもたらしてくれた。ただ、あの苦痛はもう二度と味わいたくない。

2018-11-15 14:38:10
愛する家を売却する“東京のお母さん”と住環境に悩まされ続け購入を決意するご家族。
中古物件を取り巻くそれぞれの思いをつないだ新人営業のお話




私の初契約となったお客様は、ご子息・ご息女ともに独立した生活を送っている高齢のご夫婦。テニスを趣味にするほどアクティブな奥様だったが、ご主人の体調は芳しくなかった。心配するご子息・ご息女の勧めで都内にマンションを購入していただき、住居の売却も担当することになった。

その物件は80年代にニュータウンとして開発された分譲地にあり、都心から電車で1時間、さらに公共交通機関を乗り継ぐ必要があった。

「やっぱり愛着が強いのよ。」

そう話す奥様は、何度も足を運ぶ私を温かくもてなし、「若い娘は肉よね」と手作りハンバーグをたびたび振舞ってくれた。

もうひとり娘が増えたみたいと話す奥様がとても楽しそうで、実家から離れて生活する新人の私は“東京のお母さん”のように慕った。

大事なお客様からお預かりした物件は、オレンジ屋根瓦に洋風建築のおしゃれな外観。でも、築30年の物件は各所に修繕の必要性を感じさせた。

「大変なことになりそうだな。」

サポートしてくれた上司の言葉は、現実になってしまう。



自分の足だけでなく業者も使い、近隣から広域へ徐々にポスティングのエリアを広げて配布したチラシの総数が5万枚を超えた頃、やっと一本の電話が女性から入った。

「チラシの物件が気になるんですけど、場所はどこですか?」

住所を伝えると“あそこね”といった感じで、私が心配していた立地を気にする素振りはなかった。そして、小さな子供がいる家族の木造集合住宅ならではの苦悩を打ち明けた。

「小さくてもいいから子供がのびのび暮らせる一戸建てに住み替えたくって・・・。」

住宅建築に関わる職人のご主人は相応の収入はあるが、独立直後では住宅ローンの審査が通らなかったり、いい条件のローンが組めなかったりすることをお伝えした。それでも家を見たいと意思は強く、翌日現地で会う約束をして電話を切った。

待ち合わせの時間に、歩くのが楽しくてしょうがないといった様子の小さな息子さんとご夫婦がやってきた。

「思っていたよりオシャレで綺麗。」

外観の印象を語った奥様に対して、壁や基礎を丁寧に見て回るご主人の姿は職人さんそのものだった。ひと通り外装の確認を終えて物件の中に入ると、ガランとした室内には最近まで生活していた雰囲気が漂っていた。奥様はそれを感じ取ったようで遠慮気味に見学し、楽しそうに歩き回る息子さんのパタパタという足音が部屋に響いた。

ご主人はくまなく丁寧に確認していた。掌全体で壁や柱に触れたり押したり、床や階段では体重をかけて踏み込んでみたりと奥様と違った視点で物件をチェックした。

見学を終えたご主人は、フローリング、クロス、水周りなどいくつかの修繕箇所を指摘した。それでも基礎や構造はしっかりしているので、修繕すれば十分住み続けられると評価した。

「でも、相当手間かかりそうだなぁ・・・。」

ご主人が見積もった修繕費用とその中古物件の販売価格を合わせると、同じ地域の新築物件に手が届きそうなものだった。広めの駐車場や環境には評価が高かったが、結論は先送りになった。

その日の出来事を売主様の“東京のお母さん”にすぐ報告をした。強い愛情が込められた販売価格が障壁になっていることをお伝えすると“東京のお母さん”は言葉が続かなくなった。



それから2ヶ月、ご夫婦に戸建てやマンションの中古物件を提案し続け、“東京のお母さん”の物件は問い合わせも入らなかった。停滞した状況から抜け出すため、上司と私は“納得していただこう”と動いた。

「愛着を持って新しい家族が住んでくれるなら・・・。」

いろんな物件を紹介したが“あの物件の方が・・・”と常に気にかけるご夫婦のエピソードや上司の言葉に諭された“東京のお母さん”は、販売価格の見直しに応じてくださった。

すぐさまそのことを奥様に電話で報告した。

「本当ですか!?すぐ主人に伝えます。」

ひそひそ声ではあったが、ひとつひとつがハッキリ聞き取れるほど歯切れのよい言葉に奥様の喜びが伝わってきた。

電話の話し声や子供の足音さえ隣人に気を使っていたご夫婦が、ぎちぎちに縛られた生活からの解放が決まった瞬間だった。


お祝いエピソード


後日伺うと、知人に依頼すると言っていたクロスの張替えやユニットバスの交換などが綺麗に仕上がっていた。ご主人自身が修繕したことを奥様から聞き、その完成度に驚かされた。

「最初に見学したときに息子がはしゃぐ姿を見て、もう我慢させたくないって強く思ったんです。」

そんなエピソードも“東京のお母さん”に報告した。

「いい人に住んでもらえそうね。お祝いしなくちゃ。」

その晩の“東京のお母さん”は、いつもより大きな手作りハンバーグをご馳走してくれた。

2018-11-08 14:45:59
住宅ローンが組めなかった過去がある少し近寄り難いお客様と、
お客様の気遣いで初契約をいただき大きなことを学んだ新人営業のお話




今から5年以上前の夏の終わり、10棟を超える大型分譲住宅の現場に上司と立っていた。配属されて約3ヶ月、営業マンとして半人前の私は物件情報を頭に詰め、上司の指示をよく聞き、できることをひとつずつ丁寧にこなした。

そんな未熟な営業マンが立つ現場に、少し見た目がいかつい40歳前後のご主人とややふくよかな奥様、ふたりのスポーツ少年がやってきた。上司から接客を任された私は声をかけた。男らしさを前面に出したファッションに身を包むご主人は睨みを利かせるような鋭い目が印象的で、人見知りをしない私でも声を掛けにくいタイプだ。

「よろしかったら、ご案内いたします。」

しかし、未熟者のトークは長く続かない。完成間近の4棟を順々に見学しながら希望条件・職種・収入など物件探しで必要な情報を聞き出してしまうと、その後はお客様の後ろをついて回り聞かれたことに答えることしかできなかった。

「さっきの物件より広いんでしょ?」

一目瞭然のことをご主人は私に尋ねてきた。それだけではなく、その後も手渡した資料を読めばすぐにわかるようなことばかり質問してきた。

“やっぱり新人営業マンだから甘く見られているのだろうか・・・。”

そんなことをぼんやりと考えていた。



明朗闊達な奥様は歯切れよく意見を言い、荒々しい言葉でご主人はそれに応じる。

“選択権は奥様にあり、決定権をご主人が握っている”

そんなバランスのとれたご夫婦は仲睦まじく、ずっと笑顔で会話を続けた。ご夫婦は時折ふたりのお子様に声をかけるが、小学校高学年のお兄ちゃんはスポーツマンらしい礼儀正しさを持ち、しっかりと弟の面倒をみていた。

「何のスポーツやってるんですか?」

ひねり出した私の投げかけに、即座に言葉を返してくれたのはご主人だった。

「ラグビー。俺がやってたしね!」

非行や校内暴力が社会問題になっていた30数年前に放送された学園ドラマの影響でラグビーをはじめたと気さくに話してくれた。その後もお客様からの質問は資料を見ればわかるものばかりだったが、その答えなどどうでもよく、堅くなっていた新人営業との距離を縮めるための質問だったことに私が気付いたのは物件の見学を終えた時だった。



「そこらのサラリーマンより稼ぐんだけどな・・・。」

いくつかの物件を見学していたお客様は、トラックドライバーという職業を理由に住宅ローンが組めなかった過去があると話してくれた。そのことを現場にいた上司に報告すると、“ハウスプラザの強みはその問題を解決できることだよ”と言いお客様を店舗へお連れするよう私に指示した。

私は上司の言葉をそのままお客様に伝え、店舗へ移動することになった。その間も“言葉のおつかい”だけの私に顔色ひとつ変えず、私を飛び越えて上司と直接話すこともせず、私の立場を尊重してくれるお客様の優しさを感じた。

しかし、資金計画の話となると新人営業マンに出る幕はない。上司に全てを委ね、私は上司に指示されるまま資料を取りに行ったり、各所へ連絡したりと同席する時間などほとんどなかった。だから、上司とお客様の間でどんな会話が行われ、お客様の購入本気度もわからず、それを考える余裕などないほど精一杯動き回った

「申込書、取ってきて。」

上司のその言葉を聞いた時、ようやくお客様に目を向けることができた。すると、一点の曇りもない表情をしたご主人と奥様がこちらを見返してニコリと一瞬笑った。

申込書を書き終えると翌日には滞りなく契約を結ぶことができ、私にとって初契約のお客様となった。



引き渡しまでの間、何度かお客様のご自宅に訪問する機会があった。

“物件の話をする時は、必ずご夫婦揃うのを待つこと。”

上司に言われたことをきっちり守った。そのため、ご主人が帰宅するまで奥様やお子様たちと趣味・天気・スポーツ・テレビなど雑談で間をつなぐこともあった。

「ちょっと見てあげてよ、このキズ。笑っちゃうでしょ。」

奥様は、“やめろよ”と拒絶するお兄ちゃんを呼び寄せると頭にできた傷を自分のことのように誇らしげに見せてくれた。そんな温かい家族のワンシーンを見るたび、お客様との距離が縮まったことを実感した。


その後もお客様から学んだ


『これ気持ち。持って行って。』

引っ越し祝いで訪問した帰り際、玄関で奥様に声をかけられ振り返ると家族4人がきちんと整列していた。

「ありがとう。また来てな。」

ご主人は500mlビールが24本入ったケースを軽々と持ち上げ、私の胸元へ突き出した。

“好きな銘柄だ!”

雑談で一度話したことを覚えていてくれた。

(でも、これって真逆だよな。営業がしなくちゃいけないことだ・・・。)

それは特別な感動を学び、学生気分が抜け切った瞬間だった。

2018-11-01 15:12:42
はじめて下した大きな決断。
5LDKの大型物件で一人暮らしを決意したお客様と先入観を覆して親身に接した営業のお話




節税や将来への保険を購入目的とした投資型不動産業から転職した私にとって、生活に密着する不動産仲介の営業は学ぶことが多い。現地販売会場の設営は新しく学んだことだし、集客や接客方法もまったく違った。利回りを重視してカタログだけで右から左へ大金を動かす常連客から、条件が厳しく物件探しに苦労するお客様に変わった。住宅ローンを組むために複数の金融機関に足を運び、やっと融資が決まったお客様もいた。とにかく何でも吸収し、やりがいも感じていた。

期末まであと1ヶ月の段階でノルマまで1件の成約を残していた。その当時担当したのは5LDKに2台分の駐車場が付いた大型物件で、周囲の住宅と比べると大きさがより際立ち、販売価格も相応に高額だった。誰もが憧れる物件は集客力があり2度契約寸前まで行ったが、いずれも住宅ローンが組めず断念していただいた。

その物件でノルマを達成したかった私は、2ヶ月も週末をその現地で過ごした。

(今週もダメか・・・。)

そう思ったある日曜の夕方だった。

「あ、あの・・・ちょっと・・・見れる?」

声をかけてきたのは50代の男性だった。私は声をかけられる前からその男性を視界に捕えていたが、近所を散歩するような軽装にお客様として認識していなかった。

「どうぞ、ご自由にご覧ください。」

物件の見学を勧めると、何度も会釈を繰り返し“すみません、すみません”とつぶやきながら物件の中へ消えていった。



わずか5分後、入る時と同じように何度も会釈を繰り返し“すみません、すみません”とつぶやきながら男性は静かに出てきた。そのまま帰っていくだろうと思った瞬間だった。

「買いたいです。」

(えっ!?)

自分の耳を疑った。どうして大きな買い物をわずか5分の見学で決断できるのだろうか。投資型不動産を扱っている頃を含めても、そんなお客様はいなかった。私自身が落ち着き、話を整理する必要があった。

「職場はそこです。」

男性が指差す先は、物件の目と鼻の先にある地方公営企業だった。しかし、住宅ローンを組む上で男性の年齢では審査が通らない可能性もある。そのことを正直に伝えると、またも驚きの言葉が返ってきた。

「現金です。」

通勤に2時間近く要する実家で父と兄の男3人で暮らす男性は、職場の近くに住まいを持ちたいと1年ほど前から現地販売の物件だけを自分の足で探し続けた。情報誌やインターネットで探したことがないという稀有な方だった。

そして、実家から新居に住み替えて3人で生活するものと考えた私の常識を覆した。

“5LDKで一人暮らし”
“5分で即決”
“支払いは現金”

驚きの連続から少し冷静になった私は、さすがにその日に申し込みをいただくことをためらった。一度実家でご家族の話を聞いてから判断しようと思いアンケートの記入をお願いすると、男性は携帯電話を持っていないことも判明した。



約束の日、訪ねた男性のご実家を見て驚いた。全体をきれいに緑の蔦が覆い尽くしたご実家は、ジブリ映画のように幻想の世界を見ているようだった。

ご自宅でお話しさせていただいた男性のお父さんは、かなりの高齢だったが非常にしっかりとしており、息子さんが家を購入することを前向きに応援した。

「内向的な性格からか、この歳まで仕事と家族のことだけで、遊びもまったくしてないんだ。何かしたいと言うのも初めて。自由にしたらいいんだ。」

新居に移ることは考えていないのか尋ねると、自分の家から離れるつもりはなく長男がいるので心配もいらないという。その話を横で聞いていた男性は、やや傾げた首をゆっくりと上げるとハッキリとした口調で言った。

「ちゃんと話を聞いてくれたのは、あなただけでした。」

きっと他社の営業マンが勝手に抱いた先入観が、男性の思いを打ち砕いてきたのだろう。

その後、所有している株を整理して物件の購入資金にすることを確認した私は、男性に申し込み書の記入をお願いした。すらすらと迷いなくペンを走らせる男性の文字は、ものすごく達筆だったことにも驚かされた。


私も先入観にとらわれていた


申し込みから2日後、男性から電話があった。

「やめたいと思うんです。」

理由は、実家との距離だった。ただ、電話口での男性の意思は揺らいでいたため、私は保留にしておいた。すると翌日、また連絡が入った。

「やっぱり、買いたいです。」

その後、男性の決意が覆ることはなかった。私は無事にノルマを達成することができたが、それ以上に転職前の私なら出会うことのなかったお客様から“先入観にとらわれてはいけない”と学んだことの方が価値あるものとなった。

「あなたに出会えて、よかったです。」

引渡し後に男性からいただいた言葉だったが、心の中では私も同じことを思っていた。

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