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2018-10-18 15:10:04
大手ブランドや大型ショッピングモールの魅力より、家族の安心を選んだお客様と用意周到ながらも小さなハプニングに見舞われた営業のお話



ロードバイクに跨りサングラスをかけた男性が手招きをすると、ピンクのクロスバイクの女の子が現れ、電動アシスト自転車の後ろに小さな女の子を乗せた女性が続いた。

「見学できますか?」

サングラスを外すと優しい瞳が印象的な男性は、家族4人が揃うのを待って物件の中へと入っていった。

『あっ!廊下に階段がある。』

奥様が声を上げた。廊下がなくリビングインの階段が設けられた物件が多いエリアで、ゆったりとした広さと間取りの物件が珍しかったのだろう。

リビング・ダイニング・キッチンと浴室が2階に集まった3階建ての物件を隈なく見学する様子に、私はこの家族がいくつか物件を見学した経験があり真剣な家探しだと感じ取った。

小学校に通う上の女の子の学区域内にあり、幼稚園に通う下の女の子も自転車で送り迎えできる立地もよく、アンケート用紙の記入も快く応じてくださった。

「資金計画書を作りますので、お店へ参りませんか?」

購入検討を一歩進めるために提案すると、もうひとつ他に気になる物件があると仰ったお客様は「この子たちにお昼を食べさせたいので。」と自転車で走り去った。



期末を控えて焦りのあった私は、ご家族が物件を後にして1時間も経っていなかったが、お昼を食べている今がチャンスと思いアンケート用紙に記入された連絡先へ電話した。電話に出たのはご主人で、ご来場の御礼とすぐに追いかけるような電話を詫びた。

「あの後、他のお客さん来ました?」

他人の動向を気にするご主人の言葉で、物件の評価が良いものだと確信した。この問い合わせの多い物件で期末内に実績を作りたかった私は、“このお客様で決めるか、他のお客様に提案するか”決断に迫られた。

「他に気になっていると仰っていた物件を見に行ってみませんか?」

もし見学に行き、その物件を気に入ってしまえば最悪の結果だ。それでも先に進めると思いお客様に提案した。

「うん。行きましょう!」

悩んだり今は時間が無いと引き伸ばされたりすることを予想していた私は、ご主人の即答に驚いた。

お客様が気になっていた物件は、大手デベロッパーが開発する新興住宅地にあった。緑地か農地を開発したであろうその住所は、私もお客様もどこに存在するのかさえわからなかった。



店長に現場を離れる許可を得て、お客様と他社の物件を見学することになった私は、お客様を車で迎えに上がるとまず最寄りの営業所へ向かった。売主に電話を入れ大体の場所を把握していた私は、営業所で地図と照らし合わせ、同時にその物件を調べて資料をプリントアウトした。

今ならばスマホですぐに対応できるが当時はガラケーしかない時代だ。我ながらスマートな営業と自画自賛しかけた時だった。立ち寄ったガソリンスタンドでご主人が私の車のタイヤを気にしていた。

「パンクですね。」

すぐさまタイヤを交換してもらったが、お客様の貴重な時間を無駄にしてしまいバツが悪い思いをした。



現地に到着したのは午後3時前だった。土曜の午後にカジュアルファッションのご家族とスーツ姿の私が一緒では不自然だ。そこで“不動産に詳しい友人が運転手としてついてきた”ということにした。大手デベロッパーの営業マンは私を不審がったが、私は商談に同席せず、ふたりのお子様たちとキッズルームで1時間半を過ごした。さすが大手デベロッパーだ。キッズルームに併設されているショールームに置かれた設備はすべて一流だった。

物件だけで言うと勝ち目がないのはわかっていた。だが、商談を終え車に乗り込んだご夫婦の顔色は冴えなかった。

「立地がね・・・。」

都内で生活するお客様にとっては不安要素があった。駅から遠くご主人の通勤に不便なことや、奥様やふたりの女の子にとって街灯が少なめな歩道は大きな問題だ。

その場を離れ、運転をしながらもご夫婦の様子を気にかけていると、最初に見学した物件への前向きな意見が耳に入ってきた。

(人気の物件だから他から問合せがきているかも・・・)

自分の中で不安が浮かんだ。店長へ電話報告するためにコンビニの駐車場で車を止めた。大手デベロッパーの物件が検討対象から外れたことを報告すると、私が現場を離れたあとに物件へ問い合わせが入っているという。

「今その物件を大変気に掛けていただいているお客様と一緒にいます。そのお客様を私は第一に考えたいです。」

そう伝えて電話を切った。

「決めていいよね?」
『あの物件がいいわ。』

後部席のご夫婦の手は、午前中に見学した私の物件資料をしっかり握っていた。
私はご夫婦が決断したことを確信した。

「行き先は、お店でいいですか?」

ご主人は「はい」と応えながら背筋を伸ばした。


安心を選んだお客様


お店に着き、申込書を差し出した時だった。

「公園やショッピングモールが近所にある大手ブランドも魅力ですが、妻や娘が安心して暮らせる家はこちらです。」

ご主人は思いを口にして決意を固めると、ペンを手にした。

もし、“人気物件だから面倒は後回しにしよう”と考えていたら、この結果はなかっただろう。その時にできることを精一杯勤め上げたお客様との1日は、私にとってとても価値ある経験になった。

2018-10-11 14:01:05
同期はみんな初契約を取っていく。
焦りを抱え、現場に立ち続けて見出した光明。
そこで出会った庭付きにこだわるお客様と初契約を勝ち取った新人営業のお話




担当を任された現地販売物件は、郵便局の隣にあった。入社して4ヶ月、同期が次々と実績を上げるなか初契約を取れない私は焦っていた。だからこそ、郵便局の隣というわかりやすい立地に、多くの集客を期待していた。

まずまず集客はあったが購入意欲が高い方には出会えず、内覧見学までたどり着いた来場者は数えるほど。“ここに家が建つんですね”というような立ち話ばかりだった。

「庭、付いてます?」

現場に立っていると郵便局から出てきた女性が声を掛けてきた。庭付きではなく、その代わりにルーフバルコニーがあることを伝えた。

「ダンナが庭がないとダメだって。」

その女性は庭付きに強くこだわった。それゆえに購入意欲が高く“希望物件を探し出せれば、初契約を取れるかもしれない”と昂った。

「今、忙しくて。何時までいます?」

女性は話足りなかったらしい。私は名刺を渡して来店を促した。



“なぜ、庭付きにこだわるのか・・・。”

その日の夕方、ご来店された女性が理由を話してくれた。動物を愛するご夫婦は、犬や猫はもちろん鳥獣や爬虫類なども飼育しているという。

「数?熱帯魚や昆虫を含めたら、わかんない。」

そう言って明るく笑った女性の現在の住まいは、ご主人とふたりでは十分すぎる間取りの4LDK三階建ての賃貸だが、屋外スペースが無いことを悩んでいた。ペットが走り回る広大な庭を求めているのではなく、ペットの日光浴や器具類のメンテナンス作業ができる広さがあれば十分だという。

「最適な庭付きの物件を必ず探します。私にお任せください!」

少し気恥ずかしくなるくらい熱く宣言した。



お客様が希望するエリアに庭付きの新築物件情報は皆無で、エリアを広げても、価格帯を広げても、得意先の売主様に相談しても見つからなかった。苦労して見つけた唯一のものは、中古物件だった。

「中古物件でもとても好条件の庭付き物件だ。これならお客様も喜ぶだろう。」

先輩と一緒に見つけた物件をお客様に紹介すると話を進めることになった。売主様に連絡を入れると好条件には訳があった。任意売却物件だった。

離婚、失業、減収・・・理由は解らないが、住宅ローンの返済が滞り競売にかけられる寸前の物件。競売による売却では現金化するまでに時間がかかるうえ、市場価格よりも低く評価されるケースも多く、家主様は任意売却を望んだ。そんな唯一の物件を提案できたのは最初に会ってから二週間後だった。

4LDK二階建ての物件には南側に庭があり、10年未満の築年数は掘り出し物件だ。

「事故物件じゃなければ、気にしませんよ。」

ご主人の言葉でひとつの障壁を乗り越え、その後にご夫婦と向かった物件の見学で私の初契約が現実のものへと一歩近づいた。



初契約に向け動き出すと、また壁に立ち塞がれた。競売の取り下げや差し押さえの取り消しなど司法が絡む任意売却物件は、幾多の歴戦をくぐり抜けた先輩や上司も取り扱い経験がなかった。

通常の売買契約より煩雑な事前準備を店舗総出でサポートいただき、他店の上席からは“決済や書類の作成は売主側の弁護士や司法書士が立ち会うから任せればいい”とアドバイスいただいた。近くに頼れる人がいるのはとても心強かった。

決済の日、お客様にご来店いただき、売主様の指定場所へ私は車を走らせた。運転中も“任せればいい”というアドバイスを頭の中で何度もリピートして緊張から抜け出そうとした。

弁護士や司法書士といった先生と呼ばれる方々と共にする空間に、前夜から続く緊張と不安はピークに達した。テーブルの向こう側にいる人たちの顔だけが黒く塗りつぶされたように私には映っていた。そんな私の緊張と不安をよそに“任せればいい”というアドバイスどおり、つつがなく決済は終了した。



初契約のうれしさでジワジワと暖かい身体の芯を緊張から解放された安堵と脱力による痺れが包んだ感覚は、味わったことのない心地よさだった。

お店に戻る車中、高揚した私は後部席のお客様に声を掛けた。

「お客様とペットにとって最適な庭付き物件が決まりましたね!」

私は素直な気持ちを伝え、車内を明るい雰囲気にしようとした。ところが、困惑の声が返ってきた。

「ペットっていうか家族なんですよ。」

思わぬところでやってしまった。心地よさと高揚は一瞬にして吹き飛び、穴があったら入りたい気持ちになった。


あらたな焦りと悩み


私の失言をお客様は笑って流してくれた。それ以来、細心の注意と丁寧な接客を一層心掛けるようになった。

お客様や先輩からひとつひとつ学んでいる。それが新人営業の私には、とてつもない数で同時に質を求められていることに気付いた。同期に先を越された焦りや悩みは解消できたが、今は学ぶことの多さに頭がいっぱいで処理が追いつかない状態だ。

2018-10-04 14:51:01
大型現場を担当することになった新人営業は、先輩営業よりチャンスが少ないと不平不満を口にする。
トップセールスの叱責と経験談で自らの行動を変え、お客様に出会えた新人営業のお話




「こんな大型物件はないぞ!」

上司や先輩が意気を上げる多棟現場に、新人営業の私も先輩方に混じって立つことになった。期待の大型現場に店舗の営業マン総出で取り組んだため、必然的にお客様を担当する機会が少なくイライラが募った。

そうなると自分でもよくわかっている悪い癖が顔を出す。ついつい無意識のうちに愚痴をこぼす機会が増え、よくない雰囲気を作り出してしまうことがあった。

喫煙所でトップセールスの先輩とふたりきりになった。

「お前、最近態度よくないぞ。」

掛けられた声に、正直な気持ちは“余計なお世話だ”だった。私が言葉を返せる訳もなく重苦しい沈黙が続くと、先輩はゆっくりと口を開いた。

「俺が新人の頃は、先輩が休む日をチャンスだと思って現場に行っていたよ。そういうことやってる?やってないよね。」

上からガツンとくる感じではなく諭すような叱責は説得力があり、自分でも驚くほどすーっと染み入り、不平不満を口にしていることが恥ずかしくなった。

“確かにそうだよな・・・。トップセールスも経験してきたことだ。明日の休み、誰もいない現場に行ってみよう!”

少し前向きな気持ちになれた瞬間だった。



翌日、午前中から現地販売の現場に入った。ただ火曜日ということもあり、お客様が来場する気配はまったくない。時が経つごとに後ろ向きの気持ちは強くなっていった。

(そんなに甘くないよな・・・。)

心の声が口から漏れそうになる。そんな気分を晴らすため多棟現場に建てられたモデルハウスの内部や周囲を掃除したり、整理整頓したりと体を動かし続けた。

「やってるねぇ。俺は嬉しいよ。」

そう言って突然現れ私に缶コーヒーを手渡したのは、前日に私を鼓舞したトップセールスの先輩だった。自分の言葉が後輩に響いたのかを確認するだけのために、休日にも関わらず私の様子を見に来てくれたのだった。先輩の陣中見舞はとても嬉しく、モチベーションを取り戻した私はものの見え方も少し変わったような気がした。



2台のロードバイクがモデルルームにいた私の視界に入った。この時、考えるよりも先に自然に体が反応した私は、すぐさまモデルルームから飛び出るとロードバイクにまたがったまま何かを見ているふたりに声をかけた。

やや年配のご夫婦は、いないであろうと思っていた営業マンがモデルルームから現れたことに少し驚いたような表情を浮かべた。

「火曜日しか休みが取れなくて、いつも営業さんいらっしゃらないのでビックリしました。」

サイクリングを趣味とするご夫婦は、よく走っているサイクリングコース沿いにあった大きな更地が以前から気になっていたという。詳しい話を聞きたくても仕事の都合で休みが火曜日しか取れず、更地を眺めながらご夫婦の会話を楽しむサイクリング途中の休憩場所になっていたのだった。

初めてモデルルームを見学したご夫婦は、ふたりのお子様も社会人となって独立した生活を送っているため間取りや広さへのこだわりはなく、最も求めやすく注目される目玉物件を購入検討したいと資料を求めてきた。

道路拡張による立ち退きが迫っているというご夫婦は、私の説明に1時間ほど耳を傾けると、大事そうに資料をバッグに忍ばせてロードバイクで走り去っていった。



3日後には、ご夫婦から申し込みいただくことができた。ただ、決済方法が多くのお客様が選ぶ住宅ローンではなく、道路拡張の立ち退きによる補償金を充当させるため契約までに先の見えない時間を要することになった。

他のお客様からも引き合いの多かった目玉物件のため、契約優先にしたいところを売主様は1ヶ月半もこのお客様を待ってくれた。

“結果を出せたのも先輩の言葉があったから。”

そう思った私は先輩に感謝の気持ちを伝えると、自分のことのように喜んでくれた。

「お客様、店長、売主様にも感謝しなくちゃいけないよ。」

売主様が契約を待ち続けてくれたのは店長のサポートがあったことを私はこの時にはじめて知った。

“自分ひとりじゃ何もできないな・・・。”

これを機会に、不平不満を口にして周囲を乱していたダメな自分とサヨナラした。


すべての人々に感謝


「いろいろご迷惑をかけました。ありがとうございます。」

お客様から感謝の言葉をいただいた。でも、感謝しているのは私もいっしょだ。そして、お客様はもちろん関わってくれるすべての人々に感謝できるようになった。

先輩の叱責。
お客様との運命的な出会い。
売主様のご理解。
店長のサポート。

同じように悩む後輩に出会ったら、尊敬するトップセールスの先輩のように自分の経験を伝えられる人になりたい。

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