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2017-09-26 12:24:07
「いち早くお客様に、いい情報を届けたい・・・」
そう思いながら20年以上、こだわりのチラシを手作りしている。 見た目の厳つさからポスティングに活路を見出したベテラン営業のお話です。 「自分でチラシを作成して、自分の足でご家庭のポストへ投函する。」 私は“ポスティング”に強いこだわりを持っている。それは綺麗に印刷された新聞折り込みチラシのようなものではなく、素人が作ったものとひと目でわかるチラシを投函する作業だ。 その数は、1回あたり500〜1,000枚。年間で10,000枚以上、多いときは20,000枚近くにもなる。 そして、そのチラシをきっかけに購入していただけるのは1〜2件。過去に多くても5件ほど。 結構、地道で大変な作業だ。それでも他の営業が嫌がるポスティングをひたすら続けた。 そんな“ポスティング”に情熱を傾けるようになったのには、ちょっとした理由がある。 “いかつくて怖く見られるので、お客様が近寄り難い”と私自身が感じているからだ。 過去にファミリーレストランでお客様とお話をしていた際、周りから不審の目を向けられたのをよく覚えている。きっと悪徳商売の営業に勘違いされたのだろう。 それくらいコンプレックスを抱えている。 また、その外見の判断は現地見学会で顕著に現れる。お客様から声をかけてくることが極端に少なく、それは物件契約数にも影響してくる。 これをカバーするために、やわらかい見た目を作るためにメガネをかけてみたり、なるべく親しみやすい印象をもってもらえるようにひと一倍気を使ったり、優しい声で話しかけたりできる努力をやってみた。 しかし、そんな努力が報いられるほど甘くないのが不動産業界。そこで同僚の営業よりも圧倒的に少ないファーストコンタクトを補うことを考えた。 お客様がお店や見学会へ足を運ばなくても、いい物件の最新情報を伝えることができることが“ポスティング”だった。 それは私にとって最適なもので、いきなり顔を合わせる必要がない。私はお客様へのアプローチ方法として“ポスティング”を繰り返し行うようになった。 チラシを作りはじめたのは、1990年代前半。携帯電話やインターネットが一般に普及していないどころかパソコンすら貴重な存在だった“ワープロ全盛期”だ。 業者によって製版された綺麗なチラシを新聞折り込みで配布するのは、かなりのコストがかかる割に成約率はあまり高く無い。 そこで、ワープロで打ち出した文字や現像された写真を切り貼りしてB5のチラシを自分で作り、それを大量に白黒でコピーして自分の足でポスティングした。 20年以上経った今もその作業をずっと続けている。だからB5サイズに物件情報を収めることには誰にも負けない自信がある。 ただし、A4やB4サイズとちょっと大きくなっただけで物件情報とデザイン性がまったくバランスの取れないダメなチラシになってしまうことから「B5の魔術師」と上司から揶揄されることもあった。 この“顔の見えないアプローチ方法”の成果が現れるまでには6〜7年かかった。そして、地道に積み重ねたノウハウにより、取り立てて変わった事をせずとも気付けば営業ノルマもコンスタントに達成できるようにもなった。 成果を得られた私は、さらに精度を上げるチラシ作りに励むようになった。見た目の美しさといったデザイン性だけでなく、お客様の心に響かせるため、3つのポイントにこだわってチラシを作っている。 物件の特徴を簡潔に伝えるために“見出しは3つ”と決め、物件情報を“シンプル”に紹介することで伝わりやすくなる。そして、なによりも新着情報が入ったらすぐにお客様に届ける“スピード”が一番重要だと思っている。 こだわり続けてきたポスティングチラシ。新聞折り込みで20,000枚配布しても反響の無い物件も、今の私なら500枚の配布で反響を作り出す自信がある。そんなノウハウも身についた。 当初は営業としての生き抜く術であったが、今では“いち早くお客様にいい情報を届けたい”という情熱に変わっている。 すべてはお客様のため 「はじめ見たとき、騙されるんじゃないかと思いました。」 ほとんどのお客様が冗談を交えて私の見た目を表現する。今ではファミリーレストランでローンの説明をしながら、自ら「金融関係の人に迫られているみたいですよね。」なんて自虐的に笑いを誘うこともさえある。 はじめのハードルさえ越えてしまえば、お客様は物件だけでなく私との出会いにも満足していただいている。 私もそんなお客様との出会いの機会を増やしたくて、鮮度抜群の物件情報を誰よりも早くお届けするよう心がけている。 “この物件をどこかで待っている人がいる・・・” そんなことを想像しながら、今日も自分の手と足でポスティングに励んでいる。
2017-09-18 12:13:40
“あいさつまわり”と思えばいい。
上司からの指示で行った飛び込みで、 お客様の夢を叶えた営業のお話です。 ノルマを達成できないどころか、商談もうまく運べなくなっていた入社3年目の冬。 少し後ろ向きの姿勢になっていた私を見兼ねた上司からの指示だった。 「駅近くの社宅。再開発で取り壊しになるから、挨拶まわりに行ってきなさい。」 いわゆる“飛び込み営業”だ。現地見学会や店舗での商談ばかりだった私は、「どうせ結果は出ないし、嫌がられるだけじゃないか。」という気持ちから、とにかく“飛び込み営業”をやりたくなかった。 指示された社宅は、誰もが知っている大企業のもので、100軒近い世帯が入る大きさ。その大きさに嫌気がさしたが、“上司から指示されたから”くらいの気持ちで社宅へ向かった。 家事の邪魔にならない頃合いを見計らって、一軒一軒インターホンを鳴らしてまわった。2月の寒い夜だけに、ドアが開くことはほとんどない。 「こんばんは。ハウスプラザです。夜分、すみません。近くに物件が出たのでご紹介に・・・。」 不動産の営業とわかるとインターホンはすぐに切られてしまう。こんな感じで3日後にはすべてを回りきった。 半数はすでに退去済み。残りのほとんどは、まともに話を聞いてもらえなかったが、それでも4軒から物件資料の依頼があった。 (上司のしたり顔が目に浮かぶな・・・) すべての報告を上司にすると「言った通りだろ?」と得意そうに笑みを浮かべていた。 引き合いのあった4軒も話を詰めていくと、2軒が減り、1軒は現地見学会で応対した同僚が営業担当として商談。一週間ほどで残りは1軒になった。 1回の商談で長時間話すよりも会う回数を重ねたかった私は、最初の挨拶と同じ家事の落ち着いたころに4度目の訪問を行った。 毎回玄関先で立ち話してくれるのは奥様だった。 「ここ、取り壊しになるそうですね。」 初めてそのことに触れると、奥様は堰を切ったように語りはじめる。 「ふたりの小学生の女の子と幼稚園に通う男の子がいるんですよ。」 「新しい社宅もあるけど、子供がいるから学区から出たくない。」 「姉妹でひと部屋使っているから、息子がね・・・」 「主人は乗り気ではなさそうだけど、否定もしないんですよね。」 そんな奥様からは、真剣に検討していること、新築への憧れなどが伝わってきた。 そこで内見を勧めてみると、まずは奥様だけを平日にご案内することが決まった。 はじめて明るい時間にお会いした奥様は、薄ら暗い玄関先とは違っていた。 部屋の明るさや天井の高さなど、資料から読み取れない情報を内見でひとつひとつ確認していくその姿はとても意欲的だった。 「この物件、内装をカラーセレクトができるんですよ。」 それを耳にした奥様は、ワントーン上がった声で反応した。 「へぇ〜、自分で選べるんですか!?いいですね。」 そう言うと、リビングは・・・キッチンは・・・子供部屋は・・・と呟きながら、それぞれの内装イメージを膨らませていたようだった。 きっと奥様の中の夢が大きく膨らんだ瞬間だったに違いない。 その週末に、あらためて家族5人で内見を行った。奥様からひとりで内見した感想を聞いていたご主人は、「家族の意見を尊重します。」と言っている。 そして、3人のお子様と奥様の喜ぶ姿を見てご主人は腹を決めたようだ。 「来週末、実家に行って両親に報告してきます。契約の話は戻ってから。」 私にそう伝えたご主人の横にいた奥様は、あと少しで夢が叶うという喜びが溢れんばかりの表情だ。 私はご両親用の資料を作成してお届けする旨を伝えて、その日の内見は終了した。 ご家族の夢、とくに奥様の夢をサポートするつもりでご主人の両親が安心納得できる資料作りに励んだ。 物件資料やローンの資料だけでなく、大学や病院などの優れた生活環境もしっかりとアピール。 ご両親の資料は文字を大きく見やすく工夫して、家族5人で内見した翌日いつもの時間帯にお客様の元へお届けした。 ご実家から戻った翌日の午前中に、奥様から「ご両親も応援してくださることになった。」という報告の電話が入った。 「私、娘たちと一緒で、子供の頃は姉と一緒の部屋だったんです。自分だけの部屋にずっと憧れていました。だから、いつか自分の子供たちには部屋を・・・って思っていたんです。でも、ちょっと贅沢かなぁ。早いかなぁ。」 新たな悩みのようにも聞こえるが、その声には明るさがあった。 “夢を叶えるサポート”に徹した営業 いつも玄関のドアノブを背中に感じながら“奥様の夢を叶えるサポート”に 徹した控えめな営業が良かったのかもしれない。 積極的にガンガン攻めるのが苦手な性格で、“飛び込み営業”は本当にやりたくなかった当時の私。 でも、営業としての幅が広がったこの時のことを忘れないために、今では自分の意思で年に数回“挨拶まわり”と称して飛び込み営業を行うようにしている。
2017-09-11 12:00:36
15年間物件を探し続けたお客様
その長い物件探しには、16歳の少年を中心とした家族の思いやりがあった。 先輩が成し得なかった契約にたどり着いた若手営業のお話です。 「もう何年も前からハウスプラザさんにお世話になっています。」 女の子を連れたご夫婦は物件を見学しながらそう伝えてきた。ひと通り眺めると「これも違うな」とご主人が呟いた。 周辺物件も紹介したが、どれも響かず、見学済みの物件もあったほどだ。さすがに長年探しているだけあって物件に詳しい。 入社2年目の若手営業である私は、お客様に熱意を感じ「条件に見合う物件を探しますので、ご提案させてください。」と伝えると、これだけは守って欲しいと念を押された。 「投函と訪問は絶対にしないでください。」 翌日、そのことを上司に報告すると「あぁ、そのお客さんか・・・」と少し訝しげな表情になり話してくれた。 4人の営業が担当したこと。15年は探し続けていること。投函・訪問をさせない上司の見解などなど・・・。 それでも「やってみなさい。」という上司の言葉が励みになった。 じっくり探しているだけあってお客様の物件を見る目は高く、とても手厳しい条件だ。地域、間取り、広さ、部屋数など。 こだわりの強い条件がおさまる物件は、なかなか見つからない。なかでも、部屋数は年月を重ねるたびに譲れない条件になったという。 2DKの社宅にお住まいというお客様は、ご夫婦、高校1年生で16歳の長男、中学2年生の次男、小学3年生の長女、一緒にいた1年生の末娘という6人家族。 物件探しが長くなってしまったのは、金利や物価の影響もあるが“子育てに追われてしまったことが一番大きな理由”と家族構成を話しながら教えてくれた。 そして「投函と訪問は絶対にしないでください。」という理由も明かしてくれた。 「2〜3年前まで、家族6人で家を探していたんです。新しい家、自分だけの部屋を目にした子供は大喜びしますよね。でも、条件面など折り合いがつかなくて・・・。とくに上の子は物心もついていたので、何度もガッカリさせてきました。もう、そんな思いをさせたくないんです。」 “子供に不動産を探していることを知られたくない親心”だった。 そのふたつのことを上司に報告すると「わかった。いっしょに提案しよう。」となり、最適な物件を探し出してくれた。少し小さめではあるが、お客様の条件にかなり近い物件だ。 その物件にお客様を案内すると案の定「少し小さいかな・・・」という言葉。しかし、それ以外の条件を全ておさえている。もちろん、こだわりの部屋数もだ。 しばらく考え込むお客様を私はじっと見守った。物件探しのベテランに2年目の若手営業が口を挟む余地などない。 (周辺土地価格の上昇、低金利、条件との照らし合わせ、そんなことを考えているんだろう) やがてお客様から「ここにします。」の声が聞かれ、申し込みの手続きへと進むことになった。しかし、一つ頼みがあるという。 「契約前にもう一度見せて欲しい。息子たちを連れて来たい。」 もちろん異論などない。 契約前の見学会に、初めて家族6人全員が揃った。スレた感じのない素直そうな16歳の少年は、目の前の新しい家を「どうせ、まただろ・・・」という疑いの眼差しで眺めている。 「自分の部屋ができるね。」 そう語りかけても、反応はイマイチ。過去のこともある。でも本当にそうなるかもしれない。16歳の少年では、うまく表現できないこともある。自分もそうだった。それが思春期だ。 「今度は、間違いないと思うよ。」 契約など解るはずもない16歳の少年は半信半疑だったに違いない。 申し込み以降は、順調だった。ご夫婦の間では、申し込みの時点で契約する決心はできていた。 ただ、物件を見ていない4人の子供への道理と、家族全員で決める機会を設けたかったという。 それを物件引渡し一週間前の内覧会で話してくれた。そして、内覧会には16歳の少年もやってきた。 「自分だけの部屋、うれしいでしょ?」 「ええ、まぁ、うん・・・」 思春期らしい反応だ。自分が高校生だった頃を思い出す。 「僕もね、自分の部屋に友だちが来た時はうれしかったな。はじめて彼女が来た時はね、すっごく緊張したんだよ。」 そう伝えると、少年の表情が少し緩んだ。しばらくして、自分の部屋となる場所で、ひとりっきりの少年を見かけた。 声を押し殺しなから、満面の笑みで喜びを爆発させていたように見えた。 近い未来の自分を想像していたのかもしれない。 はじめの苦労が身を結んだのかも あの時に上司から「やってみなさい。」と励まされなかったら、 変に経験を積んで出会っていたら、 同じような接客はできなかったかもしれない。 入社からしばらく実績を作れなかった苦い経験が、諦めない営業につながったと思う。 今もその営業スタイルを守り続けている。
2017-09-04 12:04:36
面倒は大嫌い。だけど頼られたら断れない・・・
そんな性格が親族間の問題にまで切り込んでいく。 「買わないなんて言わせない」と言い放ったのはなぜか。 お客様の人生を背負うつもりで接客する営業のお話です。 ある水曜日。会社は定休日だが、お客様が望めば休日出勤くらいなんてことはない。それが営業だ。 先日の日曜日、現地見学会に訪れた奥様が物件を気に入ってくれた。当然、ご主人にも見ていただかないと話は進まない。そこで、今日二度目の見学会を行うことになった。 一度見学を済ませている奥様がご主人に物件を説明する。この家での生活を思い浮かべているのだろうか。「いいね」とたまに振り返る幸せそうなご夫婦の空間から自分は少し距離をあけていた。 数日後、ご主人から「申し込みの手続きをしたい」という連絡が入った。アポイントは水曜日だ。 申し込み手続きまでの二週間は順調だったが、そこから契約への進展が見えずさらに二週間。奥様と出会ってからもう1ヶ月が経過している。何か問題でも起こったのだろうか。 電話をかけて軽く探りを入れると、物件購入という大きなものを背負うことの躊躇ではなさそうだ。条件面で悩んでいるわけでもない。購入への意欲は変わっていない。理由が知りたかった自分は、「すべて話したい」というご夫婦からの申し出によりご自宅で話を伺うことになった。 ドアを開けたご主人。「良くない話が出るな」と察知できる表情だった。 「物件の契約ですが、お断りしなくてはならなくなりました。本当にすみません。」 今まで嬉しそうに、幸せそうに物件を見学していたご夫婦。断りの理由を伺うと、ご主人の親御さんとの間で問題が起こったという。 ご主人曰く、親御さんの言い分はこうだ。 “家業を継がせたい親御さんは、長男夫婦がいつか帰ってくることを願っていた。親元で何不自由ない生活する方が幸せだろう。” それが遠く離れた東京に家を買えば、親御さんが描いていた未来予想図が崩れ去る。どうしても家を買うことを諦めさせたい親御さんは必死だ。片道3時間かけて伝えにきたというから相当だ。 「お前たちに、家なんて買えるわけがない。」 「ムリムリ。苦労するだけだ。」 エスカレートすると矛先は奥様に。 「あなたが言い出したんでしょ。」 「息子に無理させてない?」 「もうずいぶん実家に顔を出してないね。」 「孫の顔が見たいねぇ。」 物件購入とは関係ないこと、もっと酷なことも言われたという。辛辣な言葉を浴び、精神的に追い込まれた奥様は寝込んでしまった。奥様のそんな姿にいたたまれずご主人は家を諦めることにしたらしい。 「事情はわかりました。でも、それで解決しますか?誰が幸せになりますか?」 諦めようとしているご夫婦の姿に、自分の中のプライドと意地に火がついた。包み隠さず話してくれたご夫婦に、ここまできたら言いたいことを言わせてくれという気持ちで自分の理論をぶつけた。 「物件を諦めれば、問題は治る。でも、諦めさせられたことが根深く残り、親御さんとご夫婦の間に大きなシコリができる。シコリになるなら幸せになる方を選ぶべき。そして、奥様にシコリを作っちゃ駄目だ。ご主人と親御さんの間の揉めごとならば必ず元に戻る。血の繋がった親子だから。」 自分は、そう思っている。そして、もうひとこと付け加えた。 「買わないなんて言わせない。」 もし買わなかったら、誰も幸せにならない。必死に耐えてきた奥様と必死に奥様を守るご主人。ふたりには幸せになってほしかった。 しばらく下を向いて自分の考えを整理していたご主人が口を開いた。 「わかりました。ふたりの幸せのため、親との関係・・・」 ご主人の覚悟が見えた。でも、とんでもない勘違いにご主人の話を遮った。 「そういう考えで、買ってほしくない。家は幸せになるために買うもの。ふたりが幸せになれば、親御さんも喜ぶでしょ。だって、親だもの。子供の幸せを願うのが親の幸せじゃないですか。もし縁を切ったら、親の幸せを子供が奪うことになりますよ。」 熱意が伝わったのか、ご主人の涙腺が緩んだ。奥様を必死に守ろうとした男気のあるかっこいいご主人だ。 その後もプライドと意地に火がついたままの自分は、親御さんに会って説得してやると意気込んだが、さすがに断られた。 それから4日後の日曜日。物件契約にやってきたご夫婦の表情は、晴れ晴れとしていた。ご夫婦は自分たちの思いを伝えることができ、親御さんは描いていた未来予想図を捨てて、「困ったことがあったら、なんでも言いなさい。」とふたりの幸せを尊重してくれたそうだ。 面倒は嫌いだけど、やめられない。 自分は人が好きだ。お客様の人生を背負うつもりでやっている。 不動産営業でありながら、物件にはあまり興味がない。 興味あるのは、お客様の人生とその大きな転機。 頼られたら断れない性格だから、面倒なことの多い不動産営業がやめられない。
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